peach stories

気まぐれキーのスパ小説置き場

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(注:非スパ)

 

 

 

先生の腕の中で眠ってからおそらく数時間後。

目を開けると蛍光灯に目がやられてチカチカした。

寝起きの頭で白い天井をぼーっと見つめながら、これからどうしようか考える。

毎日毎日、「「早く家に帰りたーい」とか言う同級生を羨ましく思う自分」を心にしまっていたのに、今は家に帰らなきゃいけないのがとても億劫に感じる。

先生のせいだろうか。

心の奥底がこじ開けられたような気がする。すっきりした反面少し気恥ずかしくなった私は布団に顔を埋めた。

 

数分後、羞恥心を紛らわせるように頭を上げる。

私が予想していた通り、そこは学校の保健室だった。

昔保健室に行った時に、先生を見たことがあるのを思い出したのだ。

 

「はーあ、かったりぃ」

 

カーテンを隔てた隣のベッドには先客がいたらしく、大きなため息が聞こえる。

 

うるさいですよ〜と先生の声が聞こえ、隣の生徒との会話が始まった。

なんだかまだ横になっていたい気分なので、こっそり聞き耳をたてる。

窓の外はもう真っ暗なのに、なぜこんな時間に生徒が保健室にいるのだろうか?

 

 

 

「別にいーだろ兄貴。どーせ誰もいないんだし。」

 

「しー。隣には寝てる子がいるんですよ?気付かなかったんですか?」

 

会話から察するに、この生徒は先生の弟みたいだ。

へー。弟いたんだ。確かにしっくりくる気がする。

 

「別に起きてるのでいいですよ。」

 

こっそりと言ったつもりだったけれど、どうやら聞こえていたらしく先生がカーテンを開けて入ってきた。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

先生を目にすると思い出したようにお尻がひりひりする。痛むお尻を摩って、上を睨んだ。

 

「お陰様で。」

 

精一杯皮肉ったはずなのに、先生は何故か頭を撫でてきた。絶対小動物か何かだと思われてる…。

 

「それは良かったです。ところで、これからどうしますか?家には帰りたくないんですよね。」

 

「はい…」

 

駄々を捏ねたところで現実的に家に返されるのは分かっている。もう母親は家にいるだろうか。

 

「もし良かったら、家に来ませんか?」

 

…え?いいの?

てか教師の家に生徒が行っていいの?とか条例諸々大丈夫?とか、すごく色々思い浮かんだけれど多分ここが田舎だからという理由で全て許される。

1学年に1クラス、1クラスが20人前後(10人とかの学年もある)のこの学校は結構田舎の方に入ると思う。栄えている隣の市には、1学年5クラスで1クラス30人くらいのマンモス校もあるみたいだし。

 

「先生がいいなら、いいですけど…」

 

ひねくれた事を言っておきながら、内心はちょっぴり嬉しかった。あのゴミ溜めのように汚くて、酒と煙草臭い家に帰らなくてもいいと思うと途端に心が軽くなる。

 

「じゃあ起きて帰る支度をして保健室を出ましょうか。先生は職員室に鍵を返さなきゃいけないので。」

 

こくりと頷いた私は、今日は何も持ち物がないことに気付いて髪を手櫛で少し整えてから、カーテンを開けて保健室を出る。じきに先生と弟が出てきて、保健室の鍵を閉めた。

 

「じゃあそこで待ってて下さいね。鍵を返してきますから。」

 

扉の前で立っているのに何となく疲れた私は、壁に寄りかかって座り込む。

そうしたら扉の前に同じく立っていた弟が話しかけてきた。

 

「お前、ケツ叩かれたろ。」

 

その声に顔を上げると、先生の生意気で小さいバージョンみたいな奴がいた。艶のある黒髪を真ん中分けにしていて、瞳は先生よりもちょっと色素が薄いみたいだ。

…てか初対面の女子になんてこと聞くんだこいつは。

躾がなってないガキにドン引きしていると、私の表情に気が付いていないのか更に言葉を続ける。

 

「気にすんなって。俺の妹もしょっちゅう兄貴にケツ叩かれて泣いてるぜ。

俺は墨谷翔(すみたにかける)、よろしくな。」

 

「よろしく…?お願い、します?」

 

…よろしくしたくないんだけど。

てか何がよろしく?ついていけない。

自己紹介を終え、謎の握手を交わしていると先生が帰ってきた。

 

「仲良くなったみたいですね。じゃあ行きましょうか。」

 

職員玄関を施錠した(職員玄関から出るなんて初めてでちょっとドキドキした)先生の後ろをついて行きながら車に乗った私達は、そのまま先生宅へと向かった。

後ろの座席に座ろうとした私が先程のことを思い出して恥ずかしくなり俯くと、ミラーで見ていた先生がクスクスと愉快そうに笑った。翔も納得したような顔でいたのがとても腹立たしい。

 

 

 

そんなこんなで先生宅へと到着した。

 

普通の一軒家だった。ボロアパート暮らしの身からすると、羨ましく思える綺麗な外観だ。

人の家に入るのって何年ぶりだろう…。酷く懐かしく感じる。淡い期待とこれから感じるであろう疎外感に胃がぎゅっと掴まれる感じがした。

人の後ろについて行くのがデフォルトの私は、2人の後から家に入ろうと待機していた。

そうしたら先生が後ろに回って背中を押して、「はいはい、入りましょうね〜」と言ってくれた。

1人じゃちょっと心細かったので、正直助かったのは秘密にしておこう。

 

初めて入る先生の家は夕飯の匂いがして、玄関もその奥に見える廊下も綺麗で、なんだかとても寂しくなった。翔がずかずかただいまーと入っていくのを横目にいそいそと靴を脱いで、小声でお邪魔しますと言った。

それに気付いた先生が頭を撫でてくれて、なんだか先生が頼もしく思えた。

リビングに入るともうテーブルに夕飯の支度がしてあった。

 

シチューだ!シチューだ!クリームシチュー!

シチューに気を取られていると、先生にまたもや背中を押されて洗面所に連れていかれた。

 

「ここで手を洗ってくださいね。紙コップもありますから、ちゃんとうがいもするんですよ?」

 

そんなの家でしない。めんどくさいです、と言いかけると先回りするように「先生に洗って欲しいんですか?」と言われ泣く泣く洗った。本当に面倒くさい。だけど先生が見張ってるから洗うしかない。シチューの為だから我慢しよう。

 

先生と一緒にリビングに戻ると、翔の隣に知らない女の子が座っていた。まだ兄弟いたんだ…。

先生に椅子を引いて貰って席に着くと、気分はお姫様である。

 

「墨谷天(すみたにそら)です。翔の双子の妹なんです。よろしくお願いします…。」

 

か細い気弱そうな声で自己紹介される。皆と同じ艶々の黒髪は肩より少し長めに下ろしていて、翔と同じく色素が薄い瞳、きめ細かい白い肌は少しピンクに色付いていた。

美少女だ…。こんな子同じクラスにいたっけ?

はて、と首を傾げると先生が説明を入れてくれた。

 

「天は病弱で、大体病院か家か保健室にいるので教室に行くことは滅多にないんです。」

 

はーん、なるほど。じゃあ見た事ない訳だ。

 

「私は熊井瑠璃(くまい るり)、です。よろしく…お願いします。」

 

天の隣の席から、お前俺の時は名乗らなかったよな?とでも言いたげな目線を感じたが無視をした。

 

「瑠璃ちゃん、て呼んでもいい?ですか?」

 

あまり友達がいないのだろうたどたどしさで、純粋にはにかみながら言われたらうん、と言わざるを得ない。

 

「いい、ですよ?じゃあ私も天ちゃんと呼びますね。」

 

2人で微笑みあった時(私も微笑んだつもり)、私のお腹がグウと鳴ってしまったので、クスクスみんなに笑わる。

「瑠璃ちゃんはお腹が空いてるんですね。」という天ちゃんの一言により、すぐに夕飯となった。

 

一心不乱にシチューを食べていると、みんな固まった顔で私のことを見つめていた。え?なに?なんかした?

不安な顔で先生を見る。すると、スプーンはこうやって持つんですよと言われた。

初めて知った…。ぐーで持つんと違うんだ…。

給食をたくさん食べると土日に我慢ができなくなるからいつも給食はあまり食べないようにしていたのだが、その弊害がでたようだ。

 

その後は面倒くさいと思いつつ、先生に言われた持ち方でちゃんと食べた(でも一心不乱に食べたのでそこら辺にぼろぼろ落ちた)。

天が作ったというクリームシチューは今日初めての食事だったのもあるかもだけど、とてもとても美味しかった。おかわりしたかったくらいだ。

 

「美味しかったです。ありがとうございます。」と言うと、先生には「後できちんと食べ方教えますからね」と言われ、微笑んだ天ちゃんには「瑠璃ちゃんって見た目だけじゃなくって中身も可愛いんですね。」と言われた。

翔は「お前食べ方きったねーのな。」と言ってきたので無視しといた。

 

天ちゃんと食器の片付けをしたり、洗い物を手伝ったりした後に、お風呂に入る事になってまたもや私は躊躇した。

 

「いや1日くらい大丈夫ですって。」

 

「私、友達と一緒に入るのが夢だったんです。ダメですか?」

 

そんな事を言われたら断れる訳がなく、まんまと乗せられた私は天ちゃんとお風呂に入ることになった。

お風呂には特筆すべき点はなかったけれど、初めて人とお風呂に入ったということと、洗いあいっこしたり、お尻を叩かれたのがバレて恥ずかしかったり、それくらいだ。

その後は天ちゃんと一緒に眠った。

明日よ来ないでと祈りながら。