Glass
「朝ですよ、起きてください!」
先生の声がする…。
うーん、もうちょい…もうちょいしたら起きるから…。
「こら!あんまり起きないとぺんぺんしますよ?」
いや起きるって…。ちょっと待って。
…あと10分。
「まったく!言っても分からないんですから!」
バシッ!
「い!?何するんですか!!」
起き抜けにいきなりお尻を叩かれた私。
え、何事!って思ったら、ここは先生の家だった。
「目が覚めたようですね。何よりです。」
ベッドの上にぬぼーっと座っている私を満足そうに眺めた先生は、早く着替えてリビングに来てくださいねー!と言ってドアを閉め、階段を降りていった。
そかぁ、天ちゃんと一緒に寝たんだっけ…。
あれ、天ちゃんは??と振り返ると、天ちゃんは先に起きているらしく、もうベッドはもぬけの殻だった。
うーん、思ったより爆睡しちゃったな。
と考えながらのそのそ着替えてリビングへと向かう。
階段を降りていると、ご飯の匂いがした。
朝からご飯が食べられるなんて幸せ!先生と天ちゃん家万歳!
リビングのドアを開けると、案の定朝ごはんがテーブルに並んでいてにやにやを隠しきれなかった。
「瑠璃ちゃんおはよう〜」
「…はよ」
「おはようございます。朝ごはん、出来てますよ。」
「おはよう、ございます…」
朝ごはんって修学旅行とか特別な時しか食べられないんだと思ってた。
なんか今日記念日なのかな??
テーブルに座ってトーストを食べようとすると、先生に手を掴まれた。
「??なんですか?」
「昨日はあまりにもお腹が空いていたようなので言わなかったですが、食べる前はいただきますですよ。」
あの儀式学校だけのものじゃないんだ…。
昨日の皆の食べ方とか全然見てなかった、、
「…いただき、ます。」
「はい、召し上がれ!」
先生はいい子ですね、と頭を撫でて手を離した。
子供扱いしないでよねほんと。
ま、ご飯食べれるしいっか。
美味しいトーストをむぐむぐ食べていると、翔が話しかけてきた。
「瑠璃!」
「はい?」
「昨日は…その…ごめん。」
「何が?」
翔は悔しそうな顔で私に謝ってきたが、何のことか記憶に無かったので聞いてみた。すると、ほんと性格悪いなこいつとかブツブツ呟きながら話し出した。
隣で先生がにこにこしててちょっと不気味。
「昨日、夕飯食ってる時、あの…汚いとか言ったじゃん?それをさ、あの…ごめんって。」
先生は頷いてた。天ちゃんに至っては翔の頭を撫でていた。私はそんな事言われたっけ?という感じだったけれど、気にしなくていーよって言っといた。
ウインナーおいしい。
天ちゃんありがとう、女神。
「ねえお兄ちゃん今日は学校行ってもいーい?」
天ちゃんが先生にキラキラとした瞳を向ける。すると、コーヒーを飲んでいた先生が首を傾げて悩む。
「うーん…熱も無いですし、ちゃんとお薬飲んで保健室に居るならいいですよ。」
「わーい!瑠璃ちゃん、翔、一緒に学校行こぉ!」
心の底から嬉しそうに言う天ちゃんの提案は断れるはずもなく…翔は「やったぁ、車だ車!」と言いながら嬉しがる。
何だか疎外感を覚えた私は、食べ終わったのし立ち上がろうとした。
「ちょっと待ってください!」
立ち上がろうとした時に急に腕を掴まれて、身体が反射的にびくりと跳ねる。その途端、持っていた食器が床に落ちてガシャーン!と勢い良く割れた。
「ひっ、、」
大きい音が大の苦手な私は、その音でその場に蹲る。怖い…!!やめて!叩かないで!!やだ!
震えて呼吸がままならなくなってこのまま死ぬんだろうなって思った夜のこと、灰皿を投げつけられて頭から血が止まらなくなって手が血でベトベトになって、死ぬのが怖かったあの日のこと。
嫌な記憶がフラッシュバックしてきてすごく辛い。
死にたい。消えたい。もうやだ!
膝に顔を伏せて閉じこもっていたら、先生の声が微かに聞こえた。
「大丈夫だから、ゆーっくり深呼吸。ね?ゆっくり深呼吸ですよ?すー、はー。」
先生の真似をして深呼吸していると、次第に落ち着いてきた。
でもこんな自分が惨めで、恥ずかしくて顔を上げられないから膝に顔を埋める。
そんな私を見透かしたように、先生は私を抱き上げてソファへ寝かせた。
「学校に連れて行きますから、そこで横になって大人しくしてるんですよ?今日は天と一緒に、保健室ですね。」
そう言って先生はバタバタと学校に行く準備をする。
そんな先生の顔も、心配してくれている翔や天ちゃんの顔も見れなくて、腕で顔を覆って深呼吸していた。
少し休んだら結構良くなって暇になったので、立ち上がって散らかした食器を片付けようとした。
幸い(?)にもまだ破片は集められていただけだったから、片付けられそうだ。
割れた食器…どうやって片付けるんだろ…。
家では放置だからよく分からない。
「瑠璃ちゃん…?何やってるの?」
「あ、天ちゃん!割れたの片付けようと思ったんだけど、これどうやって捨てるんだろ?」
学校に行く支度を私の分もしてくれた天ちゃんは、カバンを2つ持ちながらリビングのドアを開けて固まっていた。
「おっ…お…」
「ねえ、これどうやって…」
「お兄ちゃぁぁん!!
瑠璃ちゃんが、瑠璃ちゃんがぁぁあ!!」
天ちゃんが泣きながら走って行っちゃったので、捨て方を教えて貰えないまま食器の破片を握りしめて立ち尽くす私。
ぼーっと立っていたら、数分後先生が走ってやってきた。
何事??
「…!?こら!!何やってるんですか!!ここに全部乗せなさい!」
私は先生の表情と声色があまりにも怖いから、びっくりして固まってしまった。
そうしたら先生がこっちに近付いてきて持っていたビニール袋in新聞紙に私の手を突っ込んだ。
「ほら、手を開いてください?」
あ、ここに捨てるのかと思った私はすぐに手を開いた。そしたら食器の破片が全部落ちる音がしてほっとする。
ほっとしたのもつかの間、先生は私を小脇に抱え洗面台に連れて行って、手を洗い流した。
しみる。
「今日は学校じゃなくて病院です。良いですね?」
大丈夫ですよこのくらい、そう言う間もなくすぐ車に乗せられた。
別にいーじゃん…このくらいでなんで病院??
非常識だよ!とか言いたかったけれど、運転席の先生の横顔が鬼みたいだったからやめた。こえー。
逃げないように先生に腕を掴まれながら病院に入る。診察室にはどうやら先生と知り合いらしいどくたーがいて、その人に手を見せた。
そしたら縫うって言われた。
「え、え、え、絶対いやです!!やだやだ!!断る!」
「「(君に)貴方に拒否権はありません。」」
全力で首を振る私に2人ともこの反応(仲良しかな??)。もうやだ。性格悪いのかな??
「こんな怪我くらい何ともないんですってば!!」
ほら元気!大丈夫!って言うのをアピールするために手をグーパーしてみせる。まだ塞がりきってない傷痕から血が出た。
「やめなさい。指が動かないように固定しますよ。」
ひっ…先生の知り合いの医者こわい。
私が萎縮してる間に医者は縫合の準備を始める。
その間にもずっとそわそわして、落ち着けない。
針と糸怖いよう…。どんな感覚なんだろう…。
そんなことを考えてる内に医者の準備が終わる。
はい、手出してくださいねー。と言われて出した瞬間、注射針が私の手を襲った。
一瞬思考が止まる。
苦節14年。幼い頃は色々悪い事をした。
万引きカツアゲ当たり前。生きていくために仕方なかった。結構やんちゃな女の子だと自分でも思う。そんなバチボコの非行女子にも苦手な事はある。
「注射はあかん!!注射はあきませんで!?!」
気付くと私はよく分からないことを口走りながら診察室を飛び出していた…。
と言いたかったけれど、先生に掴まれた腕がそうさせてくれなかった。
「いーやー!!いやですー!はなせー!!」
「ちょっ…暴れないでください…ね?
大丈夫ですから、痛くないですから。」
「いや!!やだぁぁ!!しねカス!!ゴミ!!
きらいぃぃ!!」
手足をバタつかせながら叫びもがく私を、先生は頑張って押さえつけていた。
そんな私達を呑気に見ている医者に腹が立ったので言い放つ。
「見てんじゃねーよ!!」
そして唾をかけてやった。いい気味。ふっ。
医者は呆然としていたが、眉間に皺を寄せてどっかに行った。もう戻ってくんなよー!ばいばーい!
「瑠璃!」
「びっくりしたぁ…!何ですかいきなり…。」
「何ですかじゃありません!何てことするんですか!」
私の脇を抑えていた先生は、そのまま診察室にあるベッドへと移行して私を膝の上に腹ばいにさせた。
その一連の流れが何というか…
「先生、何か達人みたいですね。」
「ふざけてる場合じゃありません!」
バチンッッ!!
「いっ…ん!?なんか先生強くないですか!?手加減して下さいね?!」
バシッッ!
「こう見えて先生、結構怒ってますから」
バチィィッ!!
「ね??」
「ひうっ…いだぁぁ…!」
上を見ると微笑んでいる先生(尚目は笑ってない模様)、よく見ると扉には鍵かかってるし、向こうの扉の外には多分医者がいる。逃げ場なし終わった。
バチンッ!!
「よそ見してるって事は、反省する気がないってことですか?」
キョロキョロしてたのを気付かれたみたいだ。
最悪な事に先生はスカートを捲って下着まで下ろしてしまった。
バチィィッ!!
「あうっ…」
「絶対暴れると思ったので防音の診察室にしてもらいましたが、正解だったみたいですね。」
そんなに暴れませんよ…やれやれ、舐められたものですな。
「ばっっかじゃないですか!?そんなのにお金使うとかばーかばーか!アホ医者!」
バチィィッン!!
「本音と建前が逆です。あとお口悪いですよ。
めっ!」
バチィッ! バシッッ! バチィンッ!
「ふぐぅっ…いやぁ…ふぇ…」
いだぁぁ!!そんなに強く叩かなくてもいいじゃん…。先生のばか。
「人に唾をかけたらだめですよ?分かってますよね?」
分かんないもーん!ふーんだ!!
「知らないですぅ!!」
バシッッ! パァンッ!!
「うぇぇ…痛いっ!…です…」
「瑠璃だって唾かけられたら嫌ですよね?自分が嫌なことは人にしちゃダメです!」
バチンッ! バシィッ!
ま、家で母親に何回もかけられてるからもう慣れたけどな。
「分か…分かりましたからぁっ…ひっく、、痛いぃ…」
バチィィッ! バチィンッ!
「ひぅ…いだぁぁい…ぅぅ」
強い平手2連打で、ついに私は泣いてしまった。
どうやら私は連打が苦手なようだ。
だって痛いもん。嫌いじゃない人いる??
「それとさっき言ってましたが、しねって言ったらいけません!」
バチンッ!!
「ひぅぅ…!いたぁ、なんれ、ひっく、覚えてるんですかぁ。」
バチィンッ! バチィンッ!
「悪い言葉遣いも直しましょうね?」
バシィッ! バチンッ!
「いっ…ひ、、やぁぁっ!!わがったからぁぁっ!」
いつも敬語で話してるんだからちょっとくらいいいじゃん!鬼!!痛いんだけど!?なんなの!!
「お医者さんにもごめんなさいしましょうね?」
「…。」
「し、ま、しょ、う、ね??」
バチィンッ!!
「しますぅ!!しますからぁぁ…!」
絶対謝んない絶対謝んない絶対謝んないから!!
何であんなやつに謝んなきゃいけないの!?
「ひぐ…ひっく…」
「蒼ー!!入ってきていいですよー!!」
「失礼する。」
先生がカーテンの向こうに声を掛けると、医者がズケズケと入ってきた。
なんでおしり丸出しのままな訳??こんぷらいあんす違反!!
私がグズグズと鼻を啜りながら、腕を伸ばしてお尻を隠していると先生の平手がぺちぺちと優しく降ってきた。
「何か言うこと、ありますよね?」
「…。」
バチンッ!
「ぅう…ごめ…ん、。」
「もう一回始めからしますか?」
バチィィッ! バシィッ!
「いだいぃ!!…ごめ…ひっく…なさぃ…」
絶対謝らないはずだったのに、強制なんてずるい!
お尻叩きながら謝らせるとかホントありえないし!痛かったし!!
「よしよし、頑張りましたね。」
「…痛かったです。」
「悪いことするからですよ。」
先生に抱っこされながらおしりを冷やす。
医者がお尻を冷やすやつを持って来たから、ちょっとは許してあげようかな。
「割れた食器とかガラスは危ないので先生が片付けますから、次からは触らないでくださいね?」
「分かりました…。」
「次触ったら…」
ゆらゆら揺らされて背中をとんとんされながら何か説教をされている気がしていた。
もう、眠い。つかれた。
そのまま腕の中で寝てしまった私は、目が覚めると手が縫われているのに気付いた。
いつの間に…怖いわぁ。
その時私はまだ知らない…。
縫った後は糸を抜かなければいけないということを。