Salvation
こけしみたいだ。
鏡に映る自分を見る度にそう思う。
ショートの黒髪パッツン。
校則違反をしないように、肩につかないようにと気を付けて整えられた髪の毛。
スカートはもちろん膝丈だし、首元までボタンを留めている。
正直息苦しい。
朝起きて着替えて学校に行こうとした瞬間、急に何もかも面倒くさくなった。
うちの母親が朝ごはんを作ってくれる訳もなくて、朝ごはんを食べずに家を出る。
子供が非行に走るのは大抵親のせいって言うけれど、私が非行に走らないのは奇跡なのだろうか。
放任主義で機嫌が悪い時は手を上げる母親。
どこにいるかも分からない父親。
そんな人達の間に私は産まれた。
産まれてからずうっと母親みたいにはなりたくなくて、対抗するみたいに首元のボタンを締めてリボンを巻き付けて自分自身を縛ってきたけれど、なんだかそれにも飽きてきた。
所詮私はあの母親の血が入った女なのだ。
中学2年の6月。梅雨が終わりかけ始めている今日。
今から自由になろう。もう家には帰らないし、好きなことを好きなだけする(煙草もお酒も好きなだけ)。
自由になろうと決心した証として、まずは髪を染めようと思った。ブリーチして髪をピンク色にしよう。
だけど…不幸なことに私はお金を持っていなかった。お金を稼ぐ方法で最初に思い浮かんだのは援交かパパ活。
でも時間と初期資金がかかりそうだったから、髪を染めるやつを薬局かどっかで盗もうと思った。
それが2時間ほど前のこと。
歩いて20分くらいの薬局に行って染髪料を盗もうとしたら、丁度出ようとした時にブザーが鳴って呆気なく捕まった。
その薬局で前々から万引きしていた事がバレていたようで、裏に連れて行かれて警察を呼ばれた。
染髪料を盗むのは初めてだったから(浮かれていたし)、防犯タグに気が付かなかった。私のバカ。
制服を着ていたから、まずは学校がバレた(本当にバカ)。
事務所で座っていると、警察の服を着たおじさんが5.6人入ってきて少し驚いた。だって、そんなに来るとは思わないから。
警察署で事情やらなんやらを聞くみたいで、初めてパトカーに乗った。
窓の外を見ていると、夜の街がやけにキラキラして見えた。青い光、黄色い光、オレンジ。
いつもうずくまりながら見ている光とは違う。花火みたいで、もっと綺麗。この光を見ていると、頭が冴えていく気がした。
ずっとこの光を見ていたかった。
警察に色々な事を聞かれたけれど、借りてきた猫のように大人しくを心がけて黙っていたら、呆れられた。
警察の人も仕事でやってるんだから、別に黙っていたってどうでもいいって思っていた。
1時間くらいそうしていたら、さすがに痺れを切らした警察が、学校の教師に電話をした(保護者の連絡先を言わないから、そうなる)。
そうしたら、警察の人に担任の墨谷先生が来るみたいって言われた。
あまり話したことがないから分からないけれど、優しいと評判の先生だった気がする。
いつも白衣を来てる、理科系の先生って感じで(顔と名前を一致させるのは無理)、顔は思い出せない。
ふうん、あの人が来るのかあなんて呑気に思っていた。
もう1人の警察のおじさんが入ってきて、墨谷先生が来たよって言った。
私があんまりにも何も話さないから、写真を撮られて、あとは盗んだものだけ没収された。
反省しているなら事情聴取は後日でいいらしい。
事情聴取されていた部屋を出て、墨谷先生がいる部屋に入ると、確かに顔と名前が一致した。
墨谷先生は真面目な顔をして座っていた。
警察と私が部屋に入ると、立ち上がって頭を下げていた。
すみませんでした〜とかご迷惑おかけしました〜とかなんとか。それを隣で黙って見てた。
そうしたら警察の人が、いい先生だねって笑ってた。いや知らんし。
警察署を出ると、先生の車に乗せられた。
白くて、広い車。先生の車なのだろうか。
窓の外は変わらずに光を発し続けている。
だけど、そのキラキラはさっきよりも煤けて見えた。
先生に、どこに行くんですかと聞くと
君の家だよと言われた。
「…帰りたく、ないです。」
「でも家には帰らないといけないんですよ。お母さんに説明もしなくちゃいけないですし。」
「ならここから降ります。さよなら。」
私がチャイルドロックを外して降りようとすると、先生は慌てたように道の端に車を止めた。
「どうしてそんな事を言うんですか?」
「家に帰っても誰もいませんし、母に連絡しても繋がらなかったですよね?それが答えです。」
「君のお母さんが夜の仕事をしているのは知っています、けれど…」
「仕事は半年前に辞めました。だけど、家にはいません。飲み歩いてますから。」
先生は驚いた顔をしていた。
私の知っていることを知らない先生が少し馬鹿に思えた。
「昼間から、飲み歩いてるってことですか?」
「だからそう言ってるじゃないですか。」
同じことを何回も聞かれるのはうざったいのでつい棘のある口調になったけれど、先生は気にせずに考え込んでいた。
「じゃあ…一旦学校に行きましょうか。それならいいですか?」
「イヤです。」
何故か私の口からはその言葉が飛び出していた。
別に嫌じゃないし、家よりは何倍もマシなはずなのに。
「あまりワガママを言わないでください、ね?」
先生が眉を下げて困ったように微笑むので、もっと困らせたくなったのかもしれない。
「学校も、家も、嫌い。警察署も嫌い。全部嫌いです。もう嫌なんです。帰りたくない。どこにも行きたくない。逃げたい。…死にたい。」
それとも、私の心が我慢の限界だったのかもしれない。
詰まっていたものが溢れ出したように止まらなくなって、頬を伝い車のシートが濡れた。
久しぶりに泣いた気がする。
先生は黙ってしまって、車内が気まずい雰囲気に包まれた。
「…じゃあ、ここでしましょうか。」
しゃっくりのような泣き声が治まってきた時、先生は急に言葉を発した。
「…何、を…ですか?」
少し喋りにくさを感じながら、何とか返事をする。
先生はまた困ったように微笑みながら言った。
「お仕置きです。」
先生はそう言うと、近くの有料駐車場まで車を移動させた。
車を停めたら運転席から降りてきて、私が座っている後部座席に入ってきた。
「なんですか…?セクハラでもするんですか。」
悠々と隣に座る先生を見て、私は警戒心MAXになる。先生も男だし、私は女だし、先生の事もよく知らないから、先生がもしセクハラ教師ならそういう事もあるかもしれない、と考える。
「セクハラはしませんよ。ですが、今からお尻ペンペンするのでお膝に来てください。」
自分自身の耳を疑った。
お尻ペンペン…?osiripenpen?ワッツ??
そんな古式なお仕置き、まだ存在していたんだ…。
「自分からちゃんとお膝に来るいい子には、数を減らしてあげられますよ。」
私は何だか、何だか。とても恥ずかしくなった。
今までは優等生だったから、こんな子供扱いされたことなかった。
自分から行くなんて、恥ずかしい。
そう思った私は、制服のスカートをぎゅっと握りしめたまま動けなくなった。
「自分から来れない悪い子は……」
先生はそう言って、私を膝に腹這いにして腰を押さえつけた。
もう逃げられない。
「お尻を真っ赤にして反省しなさい!」
バシッ! バシッ!
「や、やめてください!セクハラです!訴えますよ!」
スカートの上からでもちょっと痛かったので、私はすぐさま抗議した。
そうしたら、先生は…怒ったように見えた。。
「そんな事言うなんて、ぜんっぜん反省してないんですね…?
分かりました。先生にお尻をペンペンされて、しっかり反省してください。」
先生はスカートを捲って(セクハラ)、さっきよりも強く私のお尻を叩いた。
バシィッ! バシィッ! ビシッ!
「ひっ…やだやだ、んっ…。痛いんですけど!やめてください!…あっ、本当に訴えますよ!」
バシッ! ビシィッ!
「ひうっ…んっ…」
何を言っても脅しても聞いてくれなそうなので、耐えることにした。
先生も人の子。叩いている手もいつかは限界がくるでしょ。
そう思ったんだけど…。
バシィッ! パンッッ! ビシィッ!
「あう…くっ……あっ…」
バシッ! バシッ! バシッ! バシィッ!!
「んん…んっ……やっ…いたぁ、、」
どんだけ我慢しても全然ぜんっぜん止めてくれなくて。足をバタバタさせた時に痛く叩いてくるだけで、ずっと先生は無言で叩いてきた。
「もう!!やめてってば!痛いって言ってるでしょ!もう終わり!嫌!」
私がギブアップして叫んだら、やっと先生が口を開いた。
「…自分の何が悪いのか分からないんですか?」
先生は私の最後の砦、パンツを下ろしながら聞いてきた。
「知らない!先生なんて嫌いです!離して!」
私がそう言うと、先生はお尻を叩きながら説教し始めた。(説教長い奴嫌い…)
バチンッ! バチィッ! ビシッ!
「まずは万引きしたことです!万引きは良い事ですか?悪い事ですか??」
「ひぁ…っ…いたいっ!いたぁぁ…」
お尻をぺちぺちと軽く叩いて答えを促された私は、自分でも驚くような言葉を発した。
「知りません!だって、いつもしてるもん…」
「じゃあ先生が教えます。万引きは悪い事です!」
バチィィッ!
「ふぇ…いだぁ…」
「それに、いつもしちゃいけません!」
バシィッ! ビシィッ!
「やぁぁっ!…だってぇ、だってぇ…」
「だって、何ですか??」
パチンッ!
「だって…だって…ふぇぇ…」
「…万引きするくらいお金に困ってるなら、先生に相談してください。」
え??
「万引きするくらいお腹が減っているなら、先生がご飯を食べさせます。…さすがに髪を染めるのは、教師として看過できませんけどね。」
なんで分かったんだろう…。
家にはご飯も食材もお金も、何も無いこと。
今まで悪魔みたいに思えた先生が、急に優しい人に思えた。
「だから、もう万引きなんてしなくていいんですよ。さっきので最後にしてください。先生とのお約束です。」
こんなに優しく言ってくれてるのに、長年の苦しみがすぐに、こんなことで解放されたみたいな気がして…なんだか全然素直になれなかった。本当は嬉しいくせに。
「別に…約束してあげてもいいですよ。」
「ふふ、素直じゃないですね。」
バチンッ! ビシッ!
「いっ…!もういいじゃないですか!」
「でーも、お店の人や警察の方に謝らなかったのは悪いことですよね?」
バシィッ! バシッ!
「ひぅ…それはぁ…その…。」
気が付くと先生は再びお説教モードに入っていた。
低くって、怖い声で私を叱り始める。
「警察の方は、お店でも事情聴取されている時も何にも喋らなかったと仰ってましたよ?本当ですか?」
「……。」
バシッ! バチンッッ!
「やぁぁっ!!そうですけど!だってぇ…」
「言い訳ばかりはいけません!!どんな事情があったにしろ、ご迷惑と心配をかけたんですからきちんとごめんなさいしましょうね。」
バチンッ! バシィッ!
優しい口調と厳しいお尻の痛さが噛み合ってなくて、その上子供扱いされて、顔が熱くなった。
恥ずかしさで、元から素直じゃない私の心がもっと素直じゃなくなっていく。悪くないもん。
「ふぇ…嫌です!謝りません!知りませんんっ!」
バチンッ!
「こら!…全く、手がかかるんですから。」
先生はそう言うと、私を急に抱き上げて抱きしめた(セクハラ)。
ふぁっ!?何事?!?
「よしよし。本当は悪いって分かってるんですよね。でも素直になれない、そうでしょう?」
そうですけど!なんで抱っこされなきゃいけないんですか??
そう頭の中に文字が浮かんでくるけれど、口から言葉は出ないし顔は熱いし、おかしくなりそうだ。
もうやだ。
「何にも喋らなかったのも口を滑らせて家の事を話したりしたくないから、ですよね?」
「……それもあるけど、お店の人とか警察とか仕事でやってることだし、別に謝らなくてもいいと思ったりもしました。」
何で素直に言っちゃうんだろうな…。バカだからかな。久しぶりに人に撫でられたから緩んじゃったのかも。
「それは悪い子ですね?お店の人も警察の人も、仕事だからというのもありますが、あなたの事が心配なんですよ。もちろん先生もです。」
「しんぱい…?迷惑じゃなくて…?」
「そうですよ。警察の方から連絡があった時、先生はすごく心配しました。警察の方に呼ばれるなんて、何かあったんじゃないかって。あなたが怪我をしてなくて安心しました…。」
心配してくれるの…?こんなに迷惑かけてるのに?
私はちょっとだけ、この人を信じてみたくなった。ちょっとだけ、期待してみようかな…。
「じゃあ、謝ってあげてもいい…よ。」
「いい子ですね。じゃあ、たくさんごめんなさいしましょうか。」
私がちょっとだけ素直になった隙をついて、先生は私のことをさっきの体制に戻した。
なんだよ!いい子って言ったじゃん!
「まだやるんですか…?」
「きちんと反省してごめんなさいして、お店の人や警察の方にもごめんなさいしますってお約束できるまで止めませんよ?」
バチンッッ! バシッ!
「やぁぁ!…ふぇ、、」
バシィッ! バチンッ! ビシィッ!
「ごめんなさいは?」
バシィィッ! ビシッ! バチンッ!
「やっ…ん…いや…!もっ…やだぁ…」
「そんなに素直になれないなら、先生が素直にさせてあげますね。」
頭上から優しい声でそんな事を言うから、私はなぜだか安心してしまって、少し力を抜いた。
それは絶対に間違いだった。
ビシィィッ!! バシィッッ! バチンッッ!!
「ひ…いっ…たぁぁ!!やぁぁっ、ひっ…ふぇぇ…ひっく…」
口調とは裏腹の厳しい平手三連打で、私はついに大泣きしてしまった。
もう泣いてしまったら止まらない。止められない。
車のシートを濡らして、赤いお尻を降りながら、足をバタバタさせる光景はさぞ滑稽だろう。
「ごめんなさい、できますよね?」
バチンッ! ビシィッ! バシィッ!
「ひっ…えっく…」
バシィィッ!
「ごめんなさいぃっ!!もうやぁぁ…!」
全力で暴れながら謝る私に、先生は苦笑していた。
「暴れすぎです。足を怪我しちゃいますよ?」
先生はそう言って、私の足を自分の足で押さえつけた。鬼畜…?鬼畜なの?
「お店の方や警察の方にも、きちんとごめんなさいしますか?」
バチンッ! ビシィッ!
「ふぇぇ!もういい!やぁぁっ!」
「めっ、ですよ!」
バシィッ! バシッ!
「するからぁぁっ!もうお尻やなのぉっ!」
約束したから、もう終わりかと思って力を抜いた瞬間、頭上から悪魔の宣告が聞こえてきた。
「いい子ですね。じゃあ仕上げ、しましょうか。」
先生はそう言うと足を組んだ。力が抜けて抵抗できない私のお尻は、頭より高くなっておしりを突き出すような無様な格好になる。
「やく…そく、したもんっ…もうやだぁ…。やぁっ…。」
「素直じゃなかった分と、ごめんなさいできなかった分と、暴れた分で痛いの3回。しっかり反省してくださいね?」
「やだぁ…いや、いやいやぁ…。」
怖くて逃げたいけれど、暴れすぎて体力が無くなっている私には首を振ることしかできなかった。
「いーち。」
バチンッッッ!!
満遍なく痛いお尻の、1番高いところに容赦なく降ってくる平手。
「あぁぁあぁっ!いたぁい!!」
「にーい。」
ビシィッッ!!
「ふぇぇぇ…、ごめんなさいぃ!やぁ…」
「さーん。おしまい!」
バシィィィッ!!
「やぁぁぁ!もうしないからぁ…ふぇ…ひっく…」
「もうおしまいですよ。よく頑張りましたね。よしよし。」
今までで一番の痛みをお尻に味わわせた先生は、適当に私を撫でた後、お尻を丸出しにしたまま放置しようとした。
生徒としてそんな冷酷な行為は見過ごせないので、白衣の端っこをぎゅうと握ってやった。
「お尻痛いでしょう?助手席にある冷やしタオルを持ってきたいのですが…」
誰のせいだ誰の。
「責任取って…ください。」
我ながら甘えすぎだと思った。
ほとんど知らない人間に、しかも迷惑をかけた人間に。
でもこんな人初めて会ったから。だから少し信じてみたいと思ったのだ。
先生は困ったように微笑んで私を子供のように抱き上げると、そのまま助手席にある冷えタオルを取った。
力持ち…。
「先生には、甘えてもいいんですよ。」
痛いこと、したくせに。
「いい事をした時は、いっぱい褒めます。悪い事をした時は、たくさん叱っていい子にします。」
きっと先生もいい人ぶってる、偽善者なんだ。
「だから、もう大丈夫ですよ。一人で全部抱え込まなくてもいいんです。よく頑張りましたね。」
だって、そんなはずない。
ずっとずっと言われたかった言葉を言ってくれて、ずっと救われたかった気持ちを救ってくれた。
そんな奇跡、あるわけない。
こんな涙、嘘だ。
「先生の…ばか」
先生はずっと私の頭を撫でながら、火照ったお尻を冷やしてくれている。
手が冷たいはずなのに。叩いた手は、痛いはずなのに。
「こーら?ばかって言葉はダメですよ。」
泣いてる私を気遣ってか、優しく叱ってくれる。
服が濡れても、見ないふりをしてくれる。
「優し…すぎです。損、しますよ。」
「先生の事を考えてくれる。貴女も十分優しいですよ。」
ずっとこの手に包まれていたい程心地良くて。
ひとしきり泣いて泣き疲れた私は、先生に頭を撫でられながら深い眠りに落ちた。