peach stories

気まぐれキーのスパ小説置き場

眩しい空の夢

 

 

 

 

 

それは小学校を卒業してから少し経った頃。

セミがみんみんと煩い暑苦しい夏のことだった。

あまり中学校に通う気になれなかった私は、いつもの如く昼間の公園で一人プラプラとブランコに揺られていた。

 

一般的な中学一年生よりは子供に見られる私が、いつまでも昼間の公園でぷらぷらしていると不審に思われる。なのでこれもいつもの如く、少し遠くの公園まで行こうとブランコから飛び降りた時だった。

 

「████ ちゃんですか…?」

 

後ろから急に名前を呼ばれて吃驚した私は、着地しようとした足を滑らせた。

咄嗟に私を抱き抱えたその人はほっとした様な表情で「良かった…」と漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

「ここじゃ僕が不審者と思われてしまうので場所を変えませんか?」

 

そう提案された私は、黒くて高そうな車の前に案内された。

案内された車の隣には、まるで物語の中に出てくるような燕尾服の人が立っていて、その人がドアを開けてくれ、どうぞと言われるまま不審者のような人とその車の中に乗り込む。

 

車の中は今まで見た事がないくらい広くて、ソファみたいな感じが物語の中のリビングみたいな感じで、何と……表せばいいのか分からないくらい広かった。

私と不審者の人は1つのソファに隣り合わせに座って、不審者の人が飲み物を聞いてきたので桃ジュースをもらった。

 

どうやら燕尾服の人が運転手のようで、その人が前に乗り込むと車は発進した。

 

「僕が言うのもなんですけれど、知らない人の車には無闇に乗り込むものじゃあありませんよ。」

不審者の人はティーカップを優雅に持ちながら言う。

 

「本当に君が言う事じゃあないな。」

私は、世界一美味しいんじゃないかと思うキンキンに冷えた桃ジュースをポーカーフェイスで飲み干した。

不審者の人は目をぱちくりとさせた後、ふっと微笑んだ。

 

「生意気な女の子とは可愛いものですね。」

ニコニコと微笑みながら言い放つそいつに、私は桃ジュースのおかわりを宣言した。

 

 

 

 

「さて本題に入るのですけど、いいですかね?」

 

桃ジュースのお代わりをもらった私は、大人しくこくりと頷く。

 

「おっと、忘れてました。その前に自己紹介が必要ですね。

僕は白命院 真夏(はくめいいん まなつ)。君が今から行く学園の理事長を務めています。」

 

水が滴ってくるグラスをテーブルに置いて、まじまじとそいつを見てみる。

ハット?を被っていて丸眼鏡をして、涙ボクロがある。髪は日に透けると茶色い黒髪で、ふわさらって感じだ。そしてタレ目で胡散臭い。

夏なのに暑そう、シャツの上にベストを着ていた。

 

「ふーん、はくめいいんまなつね…。真夏って呼ぶ。」

 

私がそう言うと、真夏は苦笑して

 

「本当は理事長先生って呼んでくれると嬉しいんですけどね、その方が呼びやすいならそれでよろしくお願いします。」

 

と言った。

そこからは学園及び私が何故学園に行くのかの説明が始まった。

 

「実は ████ ちゃんには一般的な人間にはない、特殊な能力が備わっているんです。その報告を受けた僕達がその特異な能力を持つ君達を保護、教育、支援するための施設が「学園」です。そこに僕達は今向かっているんですが、何か質問はありますか?」

真面目な顔で真夏は語る。

とりあえず新しい所に行くんだ、という感じだった。

 

「へぇ~、そうなんだ。とりあえずその ████ って呼ぶのやめてくれない?みみちゃんって呼んで、可愛いから。」

 

私がジュルジュルと桃を吸い上げながら言い放つと、真夏は大笑いをしてひぃと息をするように言う。

 

「ふっ、これを話してそんな反応されたのは初めてです、みみちゃんってすごく肝が座っているんですね、あははっ、面白い子だ。」

 

そうかな、私はそうは思わないけれど。変な人。

 

水無月!行き先を変えて、いつもの美容院に行ってくれないですか?」

 

真夏がそう前に向かって叫ぶと、前から

「了解ですー」と言う答えが返ってきた。

 

車の中で真夏と会話しながら【びよおいん】という所に向かう。びよおいんって病院じゃないよね…?と真夏に質問したら、髪を綺麗にしてくれる所だよ、と答えた。ちょっと安心。

今までどうやって暮らしてきたのかとか親の事とかよく聞かれてきた事を淡々と答えていると、【びよおいん】に着いたようで停車する。

 

そこからは小綺麗な所に連れて行かれ、知らない人に頭を洗われて髪を切られた。何だか久しぶりに前が見えるようになった気がする。

日本人の基本的な髪色とは違うであろう私の薄い桃色の髪の毛は顔も覚えていない人間にざく切りに切られていたのに、綺麗な【ボブ】というものになっていた。前髪も適当に可愛くなった気がする。

昔から髪の毛の色が思った通りに変えられるな、とは思っていたけれどこれが真夏の言っていた「特異な能力」なのだろうか。

 

ばさあっと巻き付けられていた銀色の幕が剥がされて椅子から降り、真夏の所へ向かう。

真夏は「おーっ、可愛くなりましたね!凄い可愛い」と言っていた。

絶対この髪型真夏の性癖だと思う。

 

真夏が会計を済ませたらまた二人で車に乗り込んで学園へと向かう。

 

「学園はね、普通の人が敷地内に入れないように作ってあるんですよ。僕の能力で隠しているんです。」

 

もしかしたら真夏って結構すごい人なのかもしれないなーと思いながら、何杯目か分からない桃ジュースを啜る。今日は暑いからか一段と喉が渇く。

 

桃ジュースでお腹いっぱいになった私は段々眠くなってきて、真夏の膝の上に頭を乗せて寝転がった。

「みみちゃんは猫みたいですね。」

夏の名前らしからぬ冷え冷えの手で頭を撫でられ続けた私は、体感数秒で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

目が覚めると、水無月に抱き抱えられて運ばれていた。

 

「あー、目ぇ覚めましたか?

理事長が呼んでも揺すっても全然目を覚まさないもんで勝手に運んでましたよ。」

 

私はうー、と言いながら目を擦る。まだ眠たくてうとうとするなぁ…。

 

「みみちゃんもっと食った方がいいっすよ。

ぬいぐるみくらい軽いっす、軽すぎな。」

 

「運んで…もらいやすくて助かる…すやぁ…」

 

「まあそれはそうっすけど…」

 

誰かに密着すると途方もない安心感に包まれて良く眠れる。それは相手を選ばず誰でも、眠れるのだ。

 

「おーい、理事長室に着きましたよー。

……はぁ、まあいいか。」

 

眠たいので目を閉じていると、ガチャリと扉が開く音がした。

水無月はソファにそーっと私を寝かしつける。

言動によらず優しいんだな…。

 

そのまま眠りに落ちようとすやすやしていると、しばらくしてから真夏が入ってきた。

 

「みみちゃーん?まだ寝てるんですか?全く…。」

 

私が狸寝入りをかましていると、何だかごそごそと体勢が変わっていく。

また膝枕で眠れる事を期待したけれど、何故か上がったのは尻の方だった。

 

バチンッ!と尻を叩かれて、吃驚して目を開ける。

振り向くと怒ったような顔をしている真夏がいた。

 

「何?痛いのだけど。」

 

私がポーカーフェイスを保ったまま尋ねると、予想外の返事が返ってきた。

 

「何って、知らない人に簡単に着いて行ってしまう悪い子に教育をしているんですよ。」

 

白白とそんな事を言うもんだから、固まってしまう。そんな私に真夏はもう一打浴びせて言う。

 

バシッ!

 

「こんな肌が見えやすい服を着て、昼間でも貴女みたいな可愛い女の子が一人でうろうろとしていたら誘拐されてしまうでしょう?」

 

バチンッ!  ビシッ!

 

よれたダボダボのTシャツとショートパンツの上からでも結構痛い、何なんだ一体。

 

「誘拐したのは真夏でしょ。何を言っているのか分からない。」

 

バシッ! ビシッ!

 

「僕が説明をする前に、すぐ車に乗り込んだでしょう。あまりに危機感が無さすぎです。」

 

痛い。ちょっとだけ痛くなってきた。

 

「それは真夏が車に乗って話そうって言ったからでしょ。私は悪くない。」

 

そうですか…と真夏が呟いた途端、Tシャツがめくられショートパンツは下ろされ、下着のみになる。

 

「なにするの、ロリコン

変態的性癖なら最初から穴に突っ込めばいい。」

私、少しイライラしてる。

だって結局犯すんだったら最初っから、車の中で犯せば良かったのに。変な所にまで連れて来て、馬鹿みたい。

 

バシィッ! バチンッ!

 

「うっ…」

服の上からとは違う痛みに、少し呻き声が漏れてしまった。最悪。

 

「『教育』と言ったでしょう?私には貴女を犯すつもりはありません。そういう性癖も無いんです。分かりますね?」

 

ビシィッ! バヂッ!

 

そんなの…

「そんなの分かるわけない!離してよ変態サディスト!!何で私があんたの性癖に付き合わなきゃなんないわけ!?」

 

バシィッ! ビシィッ!

 

「やっと本音で話してくれましたね。みみちゃんはまだ13歳なんですから、大人ぶろうとしなくていいんですよ。」

 

「うるさ!!お前に何が分かるの!?離して!!帰る!!」

 

ビシィッ! バチンッ!

 

痛い痛い痛い…!!何なの!?何も怒られることしてない!普段通りにしただけなのに…!意味分かんない!

 

「もしかしたら…あまり考えたくないですが……知らない人の車に乗るのは、みみにとっていつもと同じ当たり前の事だったのかもしれません。」

 

ピトリ、とほんのり少し暖かい掌を尻の上に添えるのを感じた。私はその間に早く逃げ出そうとバタバタと真夏の膝の上でもがく。

ぜんっぜん動かない、ピクリともしない…。

 

「ですが、この学園に来たからにはもうやめて下さいね?あまり外出する事も無いかと思いますが、外出の機会はあります。知らない人には着いていかない。今、ここで、約束しなさい。」

 

真夏が腕を高く振り上げたのが分かった。

 

バチィンッ! ビシィッ! バヂィッ!

 

「ふっ…うっ…いったっ……!!何で、っ、約束しなくちゃならないっ!?私の自由!ほっといて!!」

 

バチンッ! バシィッ! 

 

「いやっ…うー……」

 

ビシィッ! バヂィッ!!

 

「うっ…いっ……」

 

バチィンッ! バシィィッ!!

 

「いぅっ…もっ……やだぁぁっ…ふぇ……」

 

痛い連打で、ちょっと涙が出てきた。もうさいあく。泣きたくなかったのに。

私が泣き出したのを見計らって、真夏が優しい声で聞いてくる。

 

「知らない人には…?」

 

「…………ふん。」

 

バチンッッ! バシィッ!

 

「あぅっ…つっ、着いて行かないぃっ!!分かったからぁ!!」

 

「うん、いい子ですね。あともう一つ。

ジュースを飲みすぎたら身体が冷え過ぎますから気を付けて下さいね?」

 

バチンッ!

 

「…っ、分かった!!気を付ける!ばか!!」

 

バタバタと暴れる私は、真夏が腰の手を離した瞬間に床へ落ちて対角に離れた。

 

「大丈夫ですか…?怪我、してません?」

 

「近付かないで!!!!

ちょっとは…良い人だと思ったのに…何で期待させるような事、する!?犯したきゃ犯せばいい!もう痛いのは嫌だ!!」

 

ボタボタと涙を零して、ヒステリックに叫ぶ。

こんなのは私じゃない。まるで私の母親みたいで、大嫌いな私だった。嘘つき、期待した私が悪いのに、馬鹿みたい、死にたい、そんな考えがぐるぐると頭を巡る。

 

「落ち着いてください、もう大丈夫ですから。」

 

いつの間にか真夏は私の目の前にいて、

 

「大丈夫、怯えなくていいんです。

痛かったですね、怖かったですよね、よく頑張りました。」

 

震えている私の事を抱きしめていた。

 

「ひっく…うっ…」

「みみちゃんは良い子ですよ。とっても良い子。

よしよし、偉いですね。きちんと約束できましたもんね。お利口さんです。」

 

真夏はそう言って、私の頭を優しく撫でる。

 

私の心に付け入ろうとして、薄っぺらい言葉を吐いてるに過ぎないんだ。

絶対こんなの、嘘なんだ。騙されてやるもんか。

私の事を心から褒めてくれる人なんてこの世界にいるわけが無い、バカみたい。

 

「怖いんですよね…人を信じるのが。良く分かります。傷付きたく、ないですもんね。」

 

「ふぇ…怖くなん…怖くなんてっ、ないもん…。」

 

真夏は私を掬い上げるように抱き上げるとソファへと運び、膝の上に座らせてぎうと私を抱きしめた。

 

「ゆっくりでいいんです…。ゆっくり、信じられるようになりましょう?ゆっくり誰かを信じられるように、ね?

大丈夫。今日は頑張りましたから、たくさん褒めさせてください。信じなくてもいいんです、僕が褒めたいだけなので。」

 

「ひう…うー…ふぇぇ……」

 

私はショートパンツがずり下がった無様な姿のまま、真夏のスーツにしがみついて撫でられていた。

 

「きちんとお約束できて、偉かったですね。お話もちゃんと理解できて、いい子でしたね。

よしよし、よく頑張りましたね。」

 

「うぅっ…知ってるし……何なのぉっ…。」

 

「ふふっ、可愛いですね。明日は入学式なので、今日は僕とご飯を食べてからみみちゃんのお部屋でゆっくりねんねしましょうね。寂しい時はいつでも呼んでいいですからね。」

あまりにも子供扱いをされるので、私の顔は耳たぶまで熱くなった。恥ずかしい、何この羞恥ぷれい。

 

「寂しい時なんてないから、子供扱いしないで。」

わたしがぷいっと顔を背けると、真夏はまた優しく頭を撫でて「そうですね」と言った。

 

 

 

 

 

========  おまけ   ==================

 

 

真夏「あっ、みみちゃん?野菜だけじゃなくてお肉も食べなくちゃあダメですよ?ご飯もきちんと食べなさい。

こら、僕のお皿に乗せてはいけません。」

 

「こら!お風呂に入ったら髪を乾かさないと!服を着て!逃げちゃダメですよ、そこに座りなさい。」

 

「みーみーちゃーん…?少しお話しましょうか?」

 

お風呂上がりに叱られてまたお尻を叩かれたみみは、痛くて一人では寝られずに結局真夏を呼ぶ羽目になったそうです。

 

 

 

 

 

Glass

 

 

「朝ですよ、起きてください!」

 

先生の声がする…。

うーん、もうちょい…もうちょいしたら起きるから…。

 

「こら!あんまり起きないとぺんぺんしますよ?」

 

いや起きるって…。ちょっと待って。

 

…あと10分。

 

「まったく!言っても分からないんですから!」

 

  バシッ!

 

「い!?何するんですか!!」

 

起き抜けにいきなりお尻を叩かれた私。

え、何事!って思ったら、ここは先生の家だった。

 

「目が覚めたようですね。何よりです。」

 

ベッドの上にぬぼーっと座っている私を満足そうに眺めた先生は、早く着替えてリビングに来てくださいねー!と言ってドアを閉め、階段を降りていった。

そかぁ、天ちゃんと一緒に寝たんだっけ…。

あれ、天ちゃんは??と振り返ると、天ちゃんは先に起きているらしく、もうベッドはもぬけの殻だった。

うーん、思ったより爆睡しちゃったな。

と考えながらのそのそ着替えてリビングへと向かう。

階段を降りていると、ご飯の匂いがした。

朝からご飯が食べられるなんて幸せ!先生と天ちゃん家万歳!

リビングのドアを開けると、案の定朝ごはんがテーブルに並んでいてにやにやを隠しきれなかった。

 

「瑠璃ちゃんおはよう〜」

「…はよ」

「おはようございます。朝ごはん、出来てますよ。」

 

「おはよう、ございます…」

 

朝ごはんって修学旅行とか特別な時しか食べられないんだと思ってた。

なんか今日記念日なのかな??

テーブルに座ってトーストを食べようとすると、先生に手を掴まれた。

 

「??なんですか?」

 

「昨日はあまりにもお腹が空いていたようなので言わなかったですが、食べる前はいただきますですよ。」

 

あの儀式学校だけのものじゃないんだ…。

昨日の皆の食べ方とか全然見てなかった、、

 

「…いただき、ます。」

 

「はい、召し上がれ!」

 

先生はいい子ですね、と頭を撫でて手を離した。

子供扱いしないでよねほんと。

ま、ご飯食べれるしいっか。

美味しいトーストをむぐむぐ食べていると、翔が話しかけてきた。

 

「瑠璃!」

 

「はい?」

 

「昨日は…その…ごめん。」

 

「何が?」

 

翔は悔しそうな顔で私に謝ってきたが、何のことか記憶に無かったので聞いてみた。すると、ほんと性格悪いなこいつとかブツブツ呟きながら話し出した。

隣で先生がにこにこしててちょっと不気味。

 

「昨日、夕飯食ってる時、あの…汚いとか言ったじゃん?それをさ、あの…ごめんって。」

 

先生は頷いてた。天ちゃんに至っては翔の頭を撫でていた。私はそんな事言われたっけ?という感じだったけれど、気にしなくていーよって言っといた。

ウインナーおいしい。

天ちゃんありがとう、女神。

 

「ねえお兄ちゃん今日は学校行ってもいーい?」

 

天ちゃんが先生にキラキラとした瞳を向ける。すると、コーヒーを飲んでいた先生が首を傾げて悩む。

 

「うーん…熱も無いですし、ちゃんとお薬飲んで保健室に居るならいいですよ。」

 

「わーい!瑠璃ちゃん、翔、一緒に学校行こぉ!」

 

心の底から嬉しそうに言う天ちゃんの提案は断れるはずもなく…翔は「やったぁ、車だ車!」と言いながら嬉しがる。

何だか疎外感を覚えた私は、食べ終わったのし立ち上がろうとした。

 

「ちょっと待ってください!」

 

立ち上がろうとした時に急に腕を掴まれて、身体が反射的にびくりと跳ねる。その途端、持っていた食器が床に落ちてガシャーン!と勢い良く割れた。

 

「ひっ、、」

 

大きい音が大の苦手な私は、その音でその場に蹲る。怖い…!!やめて!叩かないで!!やだ!

震えて呼吸がままならなくなってこのまま死ぬんだろうなって思った夜のこと、灰皿を投げつけられて頭から血が止まらなくなって手が血でベトベトになって、死ぬのが怖かったあの日のこと。

嫌な記憶がフラッシュバックしてきてすごく辛い。

死にたい。消えたい。もうやだ!

膝に顔を伏せて閉じこもっていたら、先生の声が微かに聞こえた。

 

「大丈夫だから、ゆーっくり深呼吸。ね?ゆっくり深呼吸ですよ?すー、はー。」

 

先生の真似をして深呼吸していると、次第に落ち着いてきた。

でもこんな自分が惨めで、恥ずかしくて顔を上げられないから膝に顔を埋める。

そんな私を見透かしたように、先生は私を抱き上げてソファへ寝かせた。

 

「学校に連れて行きますから、そこで横になって大人しくしてるんですよ?今日は天と一緒に、保健室ですね。」

 

そう言って先生はバタバタと学校に行く準備をする。

そんな先生の顔も、心配してくれている翔や天ちゃんの顔も見れなくて、腕で顔を覆って深呼吸していた。

 

少し休んだら結構良くなって暇になったので、立ち上がって散らかした食器を片付けようとした。

幸い(?)にもまだ破片は集められていただけだったから、片付けられそうだ。

割れた食器…どうやって片付けるんだろ…。

家では放置だからよく分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瑠璃ちゃん…?何やってるの?」

 

「あ、天ちゃん!割れたの片付けようと思ったんだけど、これどうやって捨てるんだろ?」

 

学校に行く支度を私の分もしてくれた天ちゃんは、カバンを2つ持ちながらリビングのドアを開けて固まっていた。

 

「おっ…お…」

 

「ねえ、これどうやって…」

 

「お兄ちゃぁぁん!!

瑠璃ちゃんが、瑠璃ちゃんがぁぁあ!!」

 

天ちゃんが泣きながら走って行っちゃったので、捨て方を教えて貰えないまま食器の破片を握りしめて立ち尽くす私。

ぼーっと立っていたら、数分後先生が走ってやってきた。

何事??

 

「…!?こら!!何やってるんですか!!ここに全部乗せなさい!」

 

私は先生の表情と声色があまりにも怖いから、びっくりして固まってしまった。

そうしたら先生がこっちに近付いてきて持っていたビニール袋in新聞紙に私の手を突っ込んだ。

 

「ほら、手を開いてください?」

 

あ、ここに捨てるのかと思った私はすぐに手を開いた。そしたら食器の破片が全部落ちる音がしてほっとする。

ほっとしたのもつかの間、先生は私を小脇に抱え洗面台に連れて行って、手を洗い流した。

しみる。

 

「今日は学校じゃなくて病院です。良いですね?」

 

大丈夫ですよこのくらい、そう言う間もなくすぐ車に乗せられた。

別にいーじゃん…このくらいでなんで病院??

非常識だよ!とか言いたかったけれど、運転席の先生の横顔が鬼みたいだったからやめた。こえー。

 

逃げないように先生に腕を掴まれながら病院に入る。診察室にはどうやら先生と知り合いらしいどくたーがいて、その人に手を見せた。

そしたら縫うって言われた。

 

「え、え、え、絶対いやです!!やだやだ!!断る!」

 

「「(君に)貴方に拒否権はありません。」」

 

全力で首を振る私に2人ともこの反応(仲良しかな??)。もうやだ。性格悪いのかな??

 

「こんな怪我くらい何ともないんですってば!!」

 

ほら元気!大丈夫!って言うのをアピールするために手をグーパーしてみせる。まだ塞がりきってない傷痕から血が出た。

 

「やめなさい。指が動かないように固定しますよ。」

 

ひっ…先生の知り合いの医者こわい。

私が萎縮してる間に医者は縫合の準備を始める。

その間にもずっとそわそわして、落ち着けない。

針と糸怖いよう…。どんな感覚なんだろう…。

 

そんなことを考えてる内に医者の準備が終わる。

はい、手出してくださいねー。と言われて出した瞬間、注射針が私の手を襲った。

一瞬思考が止まる。

 

苦節14年。幼い頃は色々悪い事をした。

万引きカツアゲ当たり前。生きていくために仕方なかった。結構やんちゃな女の子だと自分でも思う。そんなバチボコの非行女子にも苦手な事はある。

 

「注射はあかん!!注射はあきませんで!?!」

 

気付くと私はよく分からないことを口走りながら診察室を飛び出していた…。

と言いたかったけれど、先生に掴まれた腕がそうさせてくれなかった。

 

「いーやー!!いやですー!はなせー!!」

 

「ちょっ…暴れないでください…ね?

大丈夫ですから、痛くないですから。」

 

「いや!!やだぁぁ!!しねカス!!ゴミ!!

きらいぃぃ!!」

 

手足をバタつかせながら叫びもがく私を、先生は頑張って押さえつけていた。

そんな私達を呑気に見ている医者に腹が立ったので言い放つ。

 

「見てんじゃねーよ!!」

 

そして唾をかけてやった。いい気味。ふっ。

医者は呆然としていたが、眉間に皺を寄せてどっかに行った。もう戻ってくんなよー!ばいばーい!

 

「瑠璃!」

 

「びっくりしたぁ…!何ですかいきなり…。」

 

「何ですかじゃありません!何てことするんですか!」

 

私の脇を抑えていた先生は、そのまま診察室にあるベッドへと移行して私を膝の上に腹ばいにさせた。

その一連の流れが何というか…

 

「先生、何か達人みたいですね。」

 

「ふざけてる場合じゃありません!」

 

バチンッッ!!

 

「いっ…ん!?なんか先生強くないですか!?手加減して下さいね?!」

 

バシッッ!

 

「こう見えて先生、結構怒ってますから」

 

バチィィッ!!

 

「ね??」

 

「ひうっ…いだぁぁ…!」

 

上を見ると微笑んでいる先生(尚目は笑ってない模様)、よく見ると扉には鍵かかってるし、向こうの扉の外には多分医者がいる。逃げ場なし終わった。

 

バチンッ!!

 

「よそ見してるって事は、反省する気がないってことですか?」

 

キョロキョロしてたのを気付かれたみたいだ。

最悪な事に先生はスカートを捲って下着まで下ろしてしまった。

 

バチィィッ!!

 

「あうっ…」

 

「絶対暴れると思ったので防音の診察室にしてもらいましたが、正解だったみたいですね。」

 

そんなに暴れませんよ…やれやれ、舐められたものですな。

 

「ばっっかじゃないですか!?そんなのにお金使うとかばーかばーか!アホ医者!」

 

バチィィッン!!

 

「本音と建前が逆です。あとお口悪いですよ。

めっ!」

 

バチィッ!  バシッッ! バチィンッ!

 

「ふぐぅっ…いやぁ…ふぇ…」

 

いだぁぁ!!そんなに強く叩かなくてもいいじゃん…。先生のばか。

 

「人に唾をかけたらだめですよ?分かってますよね?」

 

分かんないもーん!ふーんだ!!

 

「知らないですぅ!!」

 

バシッッ! パァンッ!!

 

「うぇぇ…痛いっ!…です…」

 

「瑠璃だって唾かけられたら嫌ですよね?自分が嫌なことは人にしちゃダメです!」

 

バチンッ!   バシィッ!

 

ま、家で母親に何回もかけられてるからもう慣れたけどな。

 

「分か…分かりましたからぁっ…ひっく、、痛いぃ…」

 

バチィィッ!  バチィンッ!

 

「ひぅ…いだぁぁい…ぅぅ」

 

強い平手2連打で、ついに私は泣いてしまった。

どうやら私は連打が苦手なようだ。

だって痛いもん。嫌いじゃない人いる??

 

「それとさっき言ってましたが、しねって言ったらいけません!」

 

バチンッ!!

 

「ひぅぅ…!いたぁ、なんれ、ひっく、覚えてるんですかぁ。」

 

バチィンッ!  バチィンッ!

 

「悪い言葉遣いも直しましょうね?」

 

バシィッ!  バチンッ!

 

「いっ…ひ、、やぁぁっ!!わがったからぁぁっ!」

 

いつも敬語で話してるんだからちょっとくらいいいじゃん!鬼!!痛いんだけど!?なんなの!!

 

「お医者さんにもごめんなさいしましょうね?」

 

「…。」

 

「し、ま、しょ、う、ね??」

 

バチィンッ!!

 

「しますぅ!!しますからぁぁ…!」

 

絶対謝んない絶対謝んない絶対謝んないから!!

何であんなやつに謝んなきゃいけないの!?

 

「ひぐ…ひっく…」

 

「蒼ー!!入ってきていいですよー!!」

 

「失礼する。」

 

先生がカーテンの向こうに声を掛けると、医者がズケズケと入ってきた。

なんでおしり丸出しのままな訳??こんぷらいあんす違反!!

 

私がグズグズと鼻を啜りながら、腕を伸ばしてお尻を隠していると先生の平手がぺちぺちと優しく降ってきた。

 

「何か言うこと、ありますよね?」

 

「…。」

 

バチンッ!

 

「ぅう…ごめ…ん、。」

 

「もう一回始めからしますか?」

 

バチィィッ!  バシィッ!

 

「いだいぃ!!…ごめ…ひっく…なさぃ…」

 

絶対謝らないはずだったのに、強制なんてずるい!

お尻叩きながら謝らせるとかホントありえないし!痛かったし!!

 

「よしよし、頑張りましたね。」

 

「…痛かったです。」

 

「悪いことするからですよ。」

 

先生に抱っこされながらおしりを冷やす。

医者がお尻を冷やすやつを持って来たから、ちょっとは許してあげようかな。

 

「割れた食器とかガラスは危ないので先生が片付けますから、次からは触らないでくださいね?」

 

「分かりました…。」

 

「次触ったら…」

 

ゆらゆら揺らされて背中をとんとんされながら何か説教をされている気がしていた。

もう、眠い。つかれた。

 

そのまま腕の中で寝てしまった私は、目が覚めると手が縫われているのに気付いた。

いつの間に…怖いわぁ。

 

その時私はまだ知らない…。

縫った後は糸を抜かなければいけないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Healing

 

夕飯を作っている時にお兄ちゃんからメールで連絡が来てびっくりした。

同い年の女の子が家に来るんだって!

とてもわくわく。ほくほく。

 

…でもなんで?学校の生徒だよね?

今までこんなことなかったのに、何かあったのかなぁ??

そんなことを考えながら料理してたらいつもより作りすぎちゃった。食べきれるかなぁ。

 

ちらちらと時計を見ながら、焦げ付かないようにシチューをかき混ぜていると扉が開く音がした。

翔が大声でただいま〜と言いながらキッチンまで入ってきたので、「手ー洗ってからね!」とご飯を庇うと、ちぇっと言って洗面所に向かった。

一応翔の方がお兄ちゃんのはずなのに子供すぎて困っちゃう。

もう、とため息をついたら洗面所からお兄ちゃんと女の子が話す声が聞こえた。

何か揉めてるみたい。お兄ちゃん〜!優しくしてあげてね〜!と心の中で祈る。

どんな子なんだろう、見た事ある子かな?お友達になれるかなぁ??

るんるんしながら夕飯の支度の続きをする。今日はシチューだ。

 

「まだぁ?まだ食っちゃダメなのか?」

 

隣で急かしてくる翔を宥めてお兄ちゃん達を待っていたら、数分後にお兄ちゃんと女の子がリビングへ入ってきた。

肩までの黒髪ぱっつん。ちょっと童顔かな?二重はぱっちりとしていて、淡い茶色の瞳は真っ直ぐに私の瞳を射抜いてきた。

可愛い…。

 

簡単な自己紹介を交えて夕食を取る。

瑠璃ちゃんはとても美味しそうに食べてくれていて、見ているこっちが幸せな気分になった。

食べ方はちょっと…あれだったけれど。

翔も保育園の時あんな感じだったから私は気にしないよ、うん!

そんなことより、瑠璃ちゃんの食べ方に対して翔が暴言を吐いたことの方が気になる。睨んでおいたけど気付いたかな??

 

食事を終えて、瑠璃ちゃんがすごく良い子ってことが分かった。食器は片づけてくれるし、洗い物も手伝ってくれるし、なんだか仲良くなれた気すらする!

終わった後は私と瑠璃ちゃんでお風呂。

お兄ちゃんから重要な任務を預かっているから、瑠璃ちゃんを1人でお風呂に入らせる訳にはいかない。

あと…友達とお風呂って憧れてたから嬉しい。

 

押し問答しながらも結局私が勝って、瑠璃ちゃんとお風呂に入った。

お兄ちゃんに頼まれた任務は

1.瑠璃ちゃんの身体に傷とか痣とかがあったらお兄ちゃんに教えること。

2.瑠璃ちゃんの身体を綺麗に洗うこと。

よろしくお願いしますねって言われたから頑張る!

 

1に関しては瑠璃ちゃんがお風呂に入った時にもう分かった。

たくさんたくさん傷付いてきたってこと。

傷だらけの背中を見て、頑張ったね!偉いね!って抱きしめたくなったけれど痛そうだから我慢した。

病院に長く入院したり、保健室のお手伝いとかしてた私でもちょっとびっくりするくらいの傷だったよってことをお兄ちゃんに伝えなくっちゃ。

 

2は洗いあいっこしたから完璧!

身体を洗ってる時に、瑠璃ちゃんのお尻が真っ赤になってるのを見てすぐお兄ちゃんにぺんぺんされたんだって気付いた。

瑠璃ちゃんはお尻が赤くなってるのに気付かなかったのか、私がちょっと固まってたら顔を赤らめてた。可愛い。

全身を綺麗に洗って2人で湯船に浸かってる時に、リビングから翔がお兄ちゃんに叱られてる声がした。

 

「俺…るく…ない!」

「やめ…!!にいちゃ…!!」

「…めんなさ…!!…ごめ…!」

 

っていう断片的な翔の声が聞こえてきた。あっこれは翔のお尻も赤くなるやつだ。

自業自得!!お兄ちゃんもっとやれ!

 

瑠璃ちゃん怖がってないかな?と思って隣を見たら、うつらうつらして湯船に沈み込みそうになっていた。危ない!

 

「瑠璃ちゃん、上がろっか!」

 

「うん…。」

 

温まって眠くなっちゃったのかな?

可愛いなぁと思いながら湯船から2人で上がって、瑠璃ちゃんの身体を拭いてあげると、小動物みたいに頭をぶんぶん振って水滴を飛ばしてた。

る、瑠璃ちゃん…?寝ぼけてない?

 

目をしきりに擦っている瑠璃ちゃんの着替えを手伝って、うるさいリビングを通らないで2階の私の部屋に上がった。

瑠璃ちゃんは私よりちょっと大きいから、私がノリで買ってしまったブカブカパジャマがぴったりだった。買って良かった…。

首座ってないのかなってくらいの瑠璃ちゃんを必死に起こしながら、髪を乾かしたり保湿してあげたりするとなんだか気分はお姉さん。楽しい。

 

「は〜い瑠璃ちゃんおいで〜」

って言ってベッドに2人で潜り込む。

瑠璃ちゃんは一瞬にして寝た…。疲れてたんだね。

おやすみ!瑠璃ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

「翔くん、ちょっと良いですか?」

 

「はぁ?んだよ急に。」

 

「食事の時、瑠璃ちゃんに暴言吐きましたよね?」

 

「別にあんなの暴言じゃねーし。感想だし。」

 

「言っていい事と悪い事の区別がまだつかないんですか?」

 

    バシッ! バシッ!

 

(…!?いつの間に膝に??!)

 

「分からないならお兄ちゃんが教えてあげますねー?」

 

「ひっ、やめろ!俺悪くない!!」

 

   バチンッッ!!

 

「いたいぃ!!やだ!兄ちゃん!!」

 

「折角ですし、この機会にしっかりと覚えましょうか。」

 

「ひっ…!」

 

  バシッッッ!!

 

(うわぁぁん!やっぱあんな奴嫌いだぁぁ!!)

 

 

 

Ask

(注:非スパ)

 

 

 

先生の腕の中で眠ってからおそらく数時間後。

目を開けると蛍光灯に目がやられてチカチカした。

寝起きの頭で白い天井をぼーっと見つめながら、これからどうしようか考える。

毎日毎日、「「早く家に帰りたーい」とか言う同級生を羨ましく思う自分」を心にしまっていたのに、今は家に帰らなきゃいけないのがとても億劫に感じる。

先生のせいだろうか。

心の奥底がこじ開けられたような気がする。すっきりした反面少し気恥ずかしくなった私は布団に顔を埋めた。

 

数分後、羞恥心を紛らわせるように頭を上げる。

私が予想していた通り、そこは学校の保健室だった。

昔保健室に行った時に、先生を見たことがあるのを思い出したのだ。

 

「はーあ、かったりぃ」

 

カーテンを隔てた隣のベッドには先客がいたらしく、大きなため息が聞こえる。

 

うるさいですよ〜と先生の声が聞こえ、隣の生徒との会話が始まった。

なんだかまだ横になっていたい気分なので、こっそり聞き耳をたてる。

窓の外はもう真っ暗なのに、なぜこんな時間に生徒が保健室にいるのだろうか?

 

 

 

「別にいーだろ兄貴。どーせ誰もいないんだし。」

 

「しー。隣には寝てる子がいるんですよ?気付かなかったんですか?」

 

会話から察するに、この生徒は先生の弟みたいだ。

へー。弟いたんだ。確かにしっくりくる気がする。

 

「別に起きてるのでいいですよ。」

 

こっそりと言ったつもりだったけれど、どうやら聞こえていたらしく先生がカーテンを開けて入ってきた。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

先生を目にすると思い出したようにお尻がひりひりする。痛むお尻を摩って、上を睨んだ。

 

「お陰様で。」

 

精一杯皮肉ったはずなのに、先生は何故か頭を撫でてきた。絶対小動物か何かだと思われてる…。

 

「それは良かったです。ところで、これからどうしますか?家には帰りたくないんですよね。」

 

「はい…」

 

駄々を捏ねたところで現実的に家に返されるのは分かっている。もう母親は家にいるだろうか。

 

「もし良かったら、家に来ませんか?」

 

…え?いいの?

てか教師の家に生徒が行っていいの?とか条例諸々大丈夫?とか、すごく色々思い浮かんだけれど多分ここが田舎だからという理由で全て許される。

1学年に1クラス、1クラスが20人前後(10人とかの学年もある)のこの学校は結構田舎の方に入ると思う。栄えている隣の市には、1学年5クラスで1クラス30人くらいのマンモス校もあるみたいだし。

 

「先生がいいなら、いいですけど…」

 

ひねくれた事を言っておきながら、内心はちょっぴり嬉しかった。あのゴミ溜めのように汚くて、酒と煙草臭い家に帰らなくてもいいと思うと途端に心が軽くなる。

 

「じゃあ起きて帰る支度をして保健室を出ましょうか。先生は職員室に鍵を返さなきゃいけないので。」

 

こくりと頷いた私は、今日は何も持ち物がないことに気付いて髪を手櫛で少し整えてから、カーテンを開けて保健室を出る。じきに先生と弟が出てきて、保健室の鍵を閉めた。

 

「じゃあそこで待ってて下さいね。鍵を返してきますから。」

 

扉の前で立っているのに何となく疲れた私は、壁に寄りかかって座り込む。

そうしたら扉の前に同じく立っていた弟が話しかけてきた。

 

「お前、ケツ叩かれたろ。」

 

その声に顔を上げると、先生の生意気で小さいバージョンみたいな奴がいた。艶のある黒髪を真ん中分けにしていて、瞳は先生よりもちょっと色素が薄いみたいだ。

…てか初対面の女子になんてこと聞くんだこいつは。

躾がなってないガキにドン引きしていると、私の表情に気が付いていないのか更に言葉を続ける。

 

「気にすんなって。俺の妹もしょっちゅう兄貴にケツ叩かれて泣いてるぜ。

俺は墨谷翔(すみたにかける)、よろしくな。」

 

「よろしく…?お願い、します?」

 

…よろしくしたくないんだけど。

てか何がよろしく?ついていけない。

自己紹介を終え、謎の握手を交わしていると先生が帰ってきた。

 

「仲良くなったみたいですね。じゃあ行きましょうか。」

 

職員玄関を施錠した(職員玄関から出るなんて初めてでちょっとドキドキした)先生の後ろをついて行きながら車に乗った私達は、そのまま先生宅へと向かった。

後ろの座席に座ろうとした私が先程のことを思い出して恥ずかしくなり俯くと、ミラーで見ていた先生がクスクスと愉快そうに笑った。翔も納得したような顔でいたのがとても腹立たしい。

 

 

 

そんなこんなで先生宅へと到着した。

 

普通の一軒家だった。ボロアパート暮らしの身からすると、羨ましく思える綺麗な外観だ。

人の家に入るのって何年ぶりだろう…。酷く懐かしく感じる。淡い期待とこれから感じるであろう疎外感に胃がぎゅっと掴まれる感じがした。

人の後ろについて行くのがデフォルトの私は、2人の後から家に入ろうと待機していた。

そうしたら先生が後ろに回って背中を押して、「はいはい、入りましょうね〜」と言ってくれた。

1人じゃちょっと心細かったので、正直助かったのは秘密にしておこう。

 

初めて入る先生の家は夕飯の匂いがして、玄関もその奥に見える廊下も綺麗で、なんだかとても寂しくなった。翔がずかずかただいまーと入っていくのを横目にいそいそと靴を脱いで、小声でお邪魔しますと言った。

それに気付いた先生が頭を撫でてくれて、なんだか先生が頼もしく思えた。

リビングに入るともうテーブルに夕飯の支度がしてあった。

 

シチューだ!シチューだ!クリームシチュー!

シチューに気を取られていると、先生にまたもや背中を押されて洗面所に連れていかれた。

 

「ここで手を洗ってくださいね。紙コップもありますから、ちゃんとうがいもするんですよ?」

 

そんなの家でしない。めんどくさいです、と言いかけると先回りするように「先生に洗って欲しいんですか?」と言われ泣く泣く洗った。本当に面倒くさい。だけど先生が見張ってるから洗うしかない。シチューの為だから我慢しよう。

 

先生と一緒にリビングに戻ると、翔の隣に知らない女の子が座っていた。まだ兄弟いたんだ…。

先生に椅子を引いて貰って席に着くと、気分はお姫様である。

 

「墨谷天(すみたにそら)です。翔の双子の妹なんです。よろしくお願いします…。」

 

か細い気弱そうな声で自己紹介される。皆と同じ艶々の黒髪は肩より少し長めに下ろしていて、翔と同じく色素が薄い瞳、きめ細かい白い肌は少しピンクに色付いていた。

美少女だ…。こんな子同じクラスにいたっけ?

はて、と首を傾げると先生が説明を入れてくれた。

 

「天は病弱で、大体病院か家か保健室にいるので教室に行くことは滅多にないんです。」

 

はーん、なるほど。じゃあ見た事ない訳だ。

 

「私は熊井瑠璃(くまい るり)、です。よろしく…お願いします。」

 

天の隣の席から、お前俺の時は名乗らなかったよな?とでも言いたげな目線を感じたが無視をした。

 

「瑠璃ちゃん、て呼んでもいい?ですか?」

 

あまり友達がいないのだろうたどたどしさで、純粋にはにかみながら言われたらうん、と言わざるを得ない。

 

「いい、ですよ?じゃあ私も天ちゃんと呼びますね。」

 

2人で微笑みあった時(私も微笑んだつもり)、私のお腹がグウと鳴ってしまったので、クスクスみんなに笑わる。

「瑠璃ちゃんはお腹が空いてるんですね。」という天ちゃんの一言により、すぐに夕飯となった。

 

一心不乱にシチューを食べていると、みんな固まった顔で私のことを見つめていた。え?なに?なんかした?

不安な顔で先生を見る。すると、スプーンはこうやって持つんですよと言われた。

初めて知った…。ぐーで持つんと違うんだ…。

給食をたくさん食べると土日に我慢ができなくなるからいつも給食はあまり食べないようにしていたのだが、その弊害がでたようだ。

 

その後は面倒くさいと思いつつ、先生に言われた持ち方でちゃんと食べた(でも一心不乱に食べたのでそこら辺にぼろぼろ落ちた)。

天が作ったというクリームシチューは今日初めての食事だったのもあるかもだけど、とてもとても美味しかった。おかわりしたかったくらいだ。

 

「美味しかったです。ありがとうございます。」と言うと、先生には「後できちんと食べ方教えますからね」と言われ、微笑んだ天ちゃんには「瑠璃ちゃんって見た目だけじゃなくって中身も可愛いんですね。」と言われた。

翔は「お前食べ方きったねーのな。」と言ってきたので無視しといた。

 

天ちゃんと食器の片付けをしたり、洗い物を手伝ったりした後に、お風呂に入る事になってまたもや私は躊躇した。

 

「いや1日くらい大丈夫ですって。」

 

「私、友達と一緒に入るのが夢だったんです。ダメですか?」

 

そんな事を言われたら断れる訳がなく、まんまと乗せられた私は天ちゃんとお風呂に入ることになった。

お風呂には特筆すべき点はなかったけれど、初めて人とお風呂に入ったということと、洗いあいっこしたり、お尻を叩かれたのがバレて恥ずかしかったり、それくらいだ。

その後は天ちゃんと一緒に眠った。

明日よ来ないでと祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Salvation

 

 

こけしみたいだ。

鏡に映る自分を見る度にそう思う。

 

ショートの黒髪パッツン。

 

校則違反をしないように、肩につかないようにと気を付けて整えられた髪の毛。

スカートはもちろん膝丈だし、首元までボタンを留めている。

正直息苦しい。

朝起きて着替えて学校に行こうとした瞬間、急に何もかも面倒くさくなった。

 

うちの母親が朝ごはんを作ってくれる訳もなくて、朝ごはんを食べずに家を出る。

 

子供が非行に走るのは大抵親のせいって言うけれど、私が非行に走らないのは奇跡なのだろうか。

放任主義で機嫌が悪い時は手を上げる母親。

どこにいるかも分からない父親。

そんな人達の間に私は産まれた。

産まれてからずうっと母親みたいにはなりたくなくて、対抗するみたいに首元のボタンを締めてリボンを巻き付けて自分自身を縛ってきたけれど、なんだかそれにも飽きてきた。

所詮私はあの母親の血が入った女なのだ。

 

中学2年の6月。梅雨が終わりかけ始めている今日。

今から自由になろう。もう家には帰らないし、好きなことを好きなだけする(煙草もお酒も好きなだけ)。

自由になろうと決心した証として、まずは髪を染めようと思った。ブリーチして髪をピンク色にしよう。

だけど…不幸なことに私はお金を持っていなかった。お金を稼ぐ方法で最初に思い浮かんだのは援交かパパ活

でも時間と初期資金がかかりそうだったから、髪を染めるやつを薬局かどっかで盗もうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが2時間ほど前のこと。

歩いて20分くらいの薬局に行って染髪料を盗もうとしたら、丁度出ようとした時にブザーが鳴って呆気なく捕まった。

その薬局で前々から万引きしていた事がバレていたようで、裏に連れて行かれて警察を呼ばれた。

染髪料を盗むのは初めてだったから(浮かれていたし)、防犯タグに気が付かなかった。私のバカ。

制服を着ていたから、まずは学校がバレた(本当にバカ)。

事務所で座っていると、警察の服を着たおじさんが5.6人入ってきて少し驚いた。だって、そんなに来るとは思わないから。

警察署で事情やらなんやらを聞くみたいで、初めてパトカーに乗った。

窓の外を見ていると、夜の街がやけにキラキラして見えた。青い光、黄色い光、オレンジ。

いつもうずくまりながら見ている光とは違う。花火みたいで、もっと綺麗。この光を見ていると、頭が冴えていく気がした。

 

ずっとこの光を見ていたかった。

 

 

警察に色々な事を聞かれたけれど、借りてきた猫のように大人しくを心がけて黙っていたら、呆れられた。

警察の人も仕事でやってるんだから、別に黙っていたってどうでもいいって思っていた。

1時間くらいそうしていたら、さすがに痺れを切らした警察が、学校の教師に電話をした(保護者の連絡先を言わないから、そうなる)。

そうしたら、警察の人に担任の墨谷先生が来るみたいって言われた。

あまり話したことがないから分からないけれど、優しいと評判の先生だった気がする。

いつも白衣を来てる、理科系の先生って感じで(顔と名前を一致させるのは無理)、顔は思い出せない。

ふうん、あの人が来るのかあなんて呑気に思っていた。

 

 

もう1人の警察のおじさんが入ってきて、墨谷先生が来たよって言った。

 

私があんまりにも何も話さないから、写真を撮られて、あとは盗んだものだけ没収された。

反省しているなら事情聴取は後日でいいらしい。

事情聴取されていた部屋を出て、墨谷先生がいる部屋に入ると、確かに顔と名前が一致した。

墨谷先生は真面目な顔をして座っていた。

警察と私が部屋に入ると、立ち上がって頭を下げていた。

すみませんでした〜とかご迷惑おかけしました〜とかなんとか。それを隣で黙って見てた。

そうしたら警察の人が、いい先生だねって笑ってた。いや知らんし。

 

警察署を出ると、先生の車に乗せられた。

白くて、広い車。先生の車なのだろうか。

 

窓の外は変わらずに光を発し続けている。

だけど、そのキラキラはさっきよりも煤けて見えた。

 

先生に、どこに行くんですかと聞くと

君の家だよと言われた。

 

「…帰りたく、ないです。」

 

「でも家には帰らないといけないんですよ。お母さんに説明もしなくちゃいけないですし。」

 

「ならここから降ります。さよなら。」

 

私がチャイルドロックを外して降りようとすると、先生は慌てたように道の端に車を止めた。

 

「どうしてそんな事を言うんですか?」

 

「家に帰っても誰もいませんし、母に連絡しても繋がらなかったですよね?それが答えです。」

 

「君のお母さんが夜の仕事をしているのは知っています、けれど…」

 

「仕事は半年前に辞めました。だけど、家にはいません。飲み歩いてますから。」

 

先生は驚いた顔をしていた。

私の知っていることを知らない先生が少し馬鹿に思えた。

 

「昼間から、飲み歩いてるってことですか?」

 

「だからそう言ってるじゃないですか。」

 

同じことを何回も聞かれるのはうざったいのでつい棘のある口調になったけれど、先生は気にせずに考え込んでいた。

 

「じゃあ…一旦学校に行きましょうか。それならいいですか?」

 

「イヤです。」

 

何故か私の口からはその言葉が飛び出していた。

別に嫌じゃないし、家よりは何倍もマシなはずなのに。

 

「あまりワガママを言わないでください、ね?」

 

先生が眉を下げて困ったように微笑むので、もっと困らせたくなったのかもしれない。

 

「学校も、家も、嫌い。警察署も嫌い。全部嫌いです。もう嫌なんです。帰りたくない。どこにも行きたくない。逃げたい。…死にたい。」

 

それとも、私の心が我慢の限界だったのかもしれない。

詰まっていたものが溢れ出したように止まらなくなって、頬を伝い車のシートが濡れた。

久しぶりに泣いた気がする。

 

先生は黙ってしまって、車内が気まずい雰囲気に包まれた。

 

「…じゃあ、ここでしましょうか。」

 

しゃっくりのような泣き声が治まってきた時、先生は急に言葉を発した。

 

「…何、を…ですか?」

 

少し喋りにくさを感じながら、何とか返事をする。

先生はまた困ったように微笑みながら言った。

 

「お仕置きです。」

 

先生はそう言うと、近くの有料駐車場まで車を移動させた。

車を停めたら運転席から降りてきて、私が座っている後部座席に入ってきた。

 

「なんですか…?セクハラでもするんですか。」

 

悠々と隣に座る先生を見て、私は警戒心MAXになる。先生も男だし、私は女だし、先生の事もよく知らないから、先生がもしセクハラ教師ならそういう事もあるかもしれない、と考える。

 

「セクハラはしませんよ。ですが、今からお尻ペンペンするのでお膝に来てください。」

 

自分自身の耳を疑った。

お尻ペンペン…?osiripenpen?ワッツ??

そんな古式なお仕置き、まだ存在していたんだ…。

 

「自分からちゃんとお膝に来るいい子には、数を減らしてあげられますよ。」

 

私は何だか、何だか。とても恥ずかしくなった。

今までは優等生だったから、こんな子供扱いされたことなかった。

自分から行くなんて、恥ずかしい。

そう思った私は、制服のスカートをぎゅっと握りしめたまま動けなくなった。

 

「自分から来れない悪い子は……」

 

先生はそう言って、私を膝に腹這いにして腰を押さえつけた。

もう逃げられない。

 

「お尻を真っ赤にして反省しなさい!」

 

バシッ!   バシッ!

 

「や、やめてください!セクハラです!訴えますよ!」

 

スカートの上からでもちょっと痛かったので、私はすぐさま抗議した。

そうしたら、先生は…怒ったように見えた。。

 

「そんな事言うなんて、ぜんっぜん反省してないんですね…?

分かりました。先生にお尻をペンペンされて、しっかり反省してください。」

 

先生はスカートを捲って(セクハラ)、さっきよりも強く私のお尻を叩いた。

 

バシィッ!   バシィッ!  ビシッ!

 

「ひっ…やだやだ、んっ…。痛いんですけど!やめてください!…あっ、本当に訴えますよ!」

 

バシッ!   ビシィッ!  

 

「ひうっ…んっ…」

 

何を言っても脅しても聞いてくれなそうなので、耐えることにした。

先生も人の子。叩いている手もいつかは限界がくるでしょ。

 

そう思ったんだけど…。

 

バシィッ!  パンッッ!   ビシィッ!

 

「あう…くっ……あっ…」

 

バシッ! バシッ! バシッ! バシィッ!!

 

「んん…んっ……やっ…いたぁ、、」

 

どんだけ我慢しても全然ぜんっぜん止めてくれなくて。足をバタバタさせた時に痛く叩いてくるだけで、ずっと先生は無言で叩いてきた。

 

「もう!!やめてってば!痛いって言ってるでしょ!もう終わり!嫌!」

 

私がギブアップして叫んだら、やっと先生が口を開いた。

 

「…自分の何が悪いのか分からないんですか?」

 

先生は私の最後の砦、パンツを下ろしながら聞いてきた。

 

「知らない!先生なんて嫌いです!離して!」

 

私がそう言うと、先生はお尻を叩きながら説教し始めた。(説教長い奴嫌い…)

 

バチンッ!  バチィッ!  ビシッ!

 

「まずは万引きしたことです!万引きは良い事ですか?悪い事ですか??」

 

「ひぁ…っ…いたいっ!いたぁぁ…」

 

お尻をぺちぺちと軽く叩いて答えを促された私は、自分でも驚くような言葉を発した。

 

「知りません!だって、いつもしてるもん…」

 

「じゃあ先生が教えます。万引きは悪い事です!」

 

  バチィィッ!

 

「ふぇ…いだぁ…」

 

「それに、いつもしちゃいけません!」

 

バシィッ!  ビシィッ!

 

「やぁぁっ!…だってぇ、だってぇ…」

 

「だって、何ですか??」

 

パチンッ!

 

「だって…だって…ふぇぇ…」

 

「…万引きするくらいお金に困ってるなら、先生に相談してください。」

 

 

え??

 

「万引きするくらいお腹が減っているなら、先生がご飯を食べさせます。…さすがに髪を染めるのは、教師として看過できませんけどね。」

 

なんで分かったんだろう…。

家にはご飯も食材もお金も、何も無いこと。

今まで悪魔みたいに思えた先生が、急に優しい人に思えた。

 

「だから、もう万引きなんてしなくていいんですよ。さっきので最後にしてください。先生とのお約束です。」

 

こんなに優しく言ってくれてるのに、長年の苦しみがすぐに、こんなことで解放されたみたいな気がして…なんだか全然素直になれなかった。本当は嬉しいくせに。

 

「別に…約束してあげてもいいですよ。」

 

「ふふ、素直じゃないですね。」

 

バチンッ!   ビシッ!

 

「いっ…!もういいじゃないですか!」

 

「でーも、お店の人や警察の方に謝らなかったのは悪いことですよね?」

 

バシィッ!  バシッ!

 

「ひぅ…それはぁ…その…。」

 

気が付くと先生は再びお説教モードに入っていた。

低くって、怖い声で私を叱り始める。

 

「警察の方は、お店でも事情聴取されている時も何にも喋らなかったと仰ってましたよ?本当ですか?」

 

「……。」

 

バシッ! バチンッッ!

 

「やぁぁっ!!そうですけど!だってぇ…」

 

「言い訳ばかりはいけません!!どんな事情があったにしろ、ご迷惑と心配をかけたんですからきちんとごめんなさいしましょうね。」

 

バチンッ! バシィッ!

 

優しい口調と厳しいお尻の痛さが噛み合ってなくて、その上子供扱いされて、顔が熱くなった。

恥ずかしさで、元から素直じゃない私の心がもっと素直じゃなくなっていく。悪くないもん。

 

「ふぇ…嫌です!謝りません!知りませんんっ!」

 

バチンッ!

 

「こら!…全く、手がかかるんですから。」

 

先生はそう言うと、私を急に抱き上げて抱きしめた(セクハラ)。

 

ふぁっ!?何事?!?

 

「よしよし。本当は悪いって分かってるんですよね。でも素直になれない、そうでしょう?」

 

そうですけど!なんで抱っこされなきゃいけないんですか??

そう頭の中に文字が浮かんでくるけれど、口から言葉は出ないし顔は熱いし、おかしくなりそうだ。

もうやだ。

 

「何にも喋らなかったのも口を滑らせて家の事を話したりしたくないから、ですよね?」

 

「……それもあるけど、お店の人とか警察とか仕事でやってることだし、別に謝らなくてもいいと思ったりもしました。」

 

何で素直に言っちゃうんだろうな…。バカだからかな。久しぶりに人に撫でられたから緩んじゃったのかも。

 

「それは悪い子ですね?お店の人も警察の人も、仕事だからというのもありますが、あなたの事が心配なんですよ。もちろん先生もです。」

 

「しんぱい…?迷惑じゃなくて…?」

 

「そうですよ。警察の方から連絡があった時、先生はすごく心配しました。警察の方に呼ばれるなんて、何かあったんじゃないかって。あなたが怪我をしてなくて安心しました…。」

 

心配してくれるの…?こんなに迷惑かけてるのに?

私はちょっとだけ、この人を信じてみたくなった。ちょっとだけ、期待してみようかな…。

 

「じゃあ、謝ってあげてもいい…よ。」

 

「いい子ですね。じゃあ、たくさんごめんなさいしましょうか。」

 

私がちょっとだけ素直になった隙をついて、先生は私のことをさっきの体制に戻した。

なんだよ!いい子って言ったじゃん!

 

「まだやるんですか…?」

 

「きちんと反省してごめんなさいして、お店の人や警察の方にもごめんなさいしますってお約束できるまで止めませんよ?」

 

バチンッッ!  バシッ!

 

「やぁぁ!…ふぇ、、」

 

バシィッ!  バチンッ! ビシィッ!

 

「ごめんなさいは?」

 

バシィィッ! ビシッ!  バチンッ!

 

「やっ…ん…いや…!もっ…やだぁ…」

 

「そんなに素直になれないなら、先生が素直にさせてあげますね。」

 

頭上から優しい声でそんな事を言うから、私はなぜだか安心してしまって、少し力を抜いた。

それは絶対に間違いだった。

 

ビシィィッ!!  バシィッッ!  バチンッッ!!

 

「ひ…いっ…たぁぁ!!やぁぁっ、ひっ…ふぇぇ…ひっく…」

 

口調とは裏腹の厳しい平手三連打で、私はついに大泣きしてしまった。

もう泣いてしまったら止まらない。止められない。

車のシートを濡らして、赤いお尻を降りながら、足をバタバタさせる光景はさぞ滑稽だろう。

 

「ごめんなさい、できますよね?」

 

バチンッ!  ビシィッ! バシィッ!

 

「ひっ…えっく…」

 

バシィィッ!

 

「ごめんなさいぃっ!!もうやぁぁ…!」

 

全力で暴れながら謝る私に、先生は苦笑していた。

 

「暴れすぎです。足を怪我しちゃいますよ?」

 

先生はそう言って、私の足を自分の足で押さえつけた。鬼畜…?鬼畜なの?

 

「お店の方や警察の方にも、きちんとごめんなさいしますか?」

 

バチンッ! ビシィッ!

 

「ふぇぇ!もういい!やぁぁっ!」

 

「めっ、ですよ!」

 

バシィッ! バシッ!

 

「するからぁぁっ!もうお尻やなのぉっ!」

 

約束したから、もう終わりかと思って力を抜いた瞬間、頭上から悪魔の宣告が聞こえてきた。

 

「いい子ですね。じゃあ仕上げ、しましょうか。」

 

先生はそう言うと足を組んだ。力が抜けて抵抗できない私のお尻は、頭より高くなっておしりを突き出すような無様な格好になる。

 

「やく…そく、したもんっ…もうやだぁ…。やぁっ…。」

 

「素直じゃなかった分と、ごめんなさいできなかった分と、暴れた分で痛いの3回。しっかり反省してくださいね?」

 

「やだぁ…いや、いやいやぁ…。」

 

怖くて逃げたいけれど、暴れすぎて体力が無くなっている私には首を振ることしかできなかった。

 

「いーち。」

 

バチンッッッ!!

 

満遍なく痛いお尻の、1番高いところに容赦なく降ってくる平手。

 

「あぁぁあぁっ!いたぁい!!」

 

「にーい。」

 

ビシィッッ!!

 

「ふぇぇぇ…、ごめんなさいぃ!やぁ…」

 

「さーん。おしまい!」

 

バシィィィッ!!

 

「やぁぁぁ!もうしないからぁ…ふぇ…ひっく…」

 

「もうおしまいですよ。よく頑張りましたね。よしよし。」

 

今までで一番の痛みをお尻に味わわせた先生は、適当に私を撫でた後、お尻を丸出しにしたまま放置しようとした。

生徒としてそんな冷酷な行為は見過ごせないので、白衣の端っこをぎゅうと握ってやった。

 

「お尻痛いでしょう?助手席にある冷やしタオルを持ってきたいのですが…」

 

誰のせいだ誰の。

 

「責任取って…ください。」

 

我ながら甘えすぎだと思った。

ほとんど知らない人間に、しかも迷惑をかけた人間に。

でもこんな人初めて会ったから。だから少し信じてみたいと思ったのだ。

 

先生は困ったように微笑んで私を子供のように抱き上げると、そのまま助手席にある冷えタオルを取った。

力持ち…。

 

「先生には、甘えてもいいんですよ。」

 

痛いこと、したくせに。

 

「いい事をした時は、いっぱい褒めます。悪い事をした時は、たくさん叱っていい子にします。」

 

きっと先生もいい人ぶってる、偽善者なんだ。

 

「だから、もう大丈夫ですよ。一人で全部抱え込まなくてもいいんです。よく頑張りましたね。」

 

だって、そんなはずない。

ずっとずっと言われたかった言葉を言ってくれて、ずっと救われたかった気持ちを救ってくれた。

そんな奇跡、あるわけない。

こんな涙、嘘だ。

 

「先生の…ばか」

 

先生はずっと私の頭を撫でながら、火照ったお尻を冷やしてくれている。

手が冷たいはずなのに。叩いた手は、痛いはずなのに。

 

「こーら?ばかって言葉はダメですよ。」

 

泣いてる私を気遣ってか、優しく叱ってくれる。

服が濡れても、見ないふりをしてくれる。

 

「優し…すぎです。損、しますよ。」

 

「先生の事を考えてくれる。貴女も十分優しいですよ。」

 

ずっとこの手に包まれていたい程心地良くて。

 

ひとしきり泣いて泣き疲れた私は、先生に頭を撫でられながら深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそ松さん(カラ松/一松)

 

 

おまけだけネタバレ注意、一松のキャラ崩壊。

 


それでもいい方はどうぞ

 

 

 

 

 

 

 

あー…喉いてえ、あついし、寒気するしわけわかんない。

 


「一松…一松?大丈夫か?」

 


くらくらとする頭の中、遠くから優しい声がした。

 


「カラ松…?」

 


俺が枯れて痛い喉で頑張って名前を呼ぶと、カラ松にいさ……クソ松が心配そうな顔をして俺の額に手を当てた。

 


「うーーん…下がらないなぁ……」

 


クソ松の手、なんでこんなに気持ちいいんだろう。

そう思ってカラ松の膝の上を見たら桶に張った氷水で冷やしてあるタオルがあった。

 


ずっと看病していてくれたのだろうか。

チョロ松兄さんとかがしてくれそうだけど。

 


…そういえば隣に寝ていたはずの兄弟達の姿がない。

 


「みんなは?」

 


俺が聞くとクソ松は

 


「みんなは用事があるんだって出かけていったぞ。」

 


はいはいこんなゴミ放っておかれて正解ですよね。

 


「げほっ…クソ松は?」

 


「俺は……ふっ、愛しきマイブラザーの看病をするという任務があるからな。こんな弱った子猫ちゃん、ほうっておけないぜ。」

 


なんだこいつ。風邪を悪化させる気か。

 


「そういうのいいか……げほっげほっごほっ…」

 


つっこもうとしてむせた無様な俺にクソ松はオドオドして、水を差し出した。

 


「の、飲むか?一人で飲めるか?大丈夫か?」

 


「ひっ、とりで、げほげほっ、のめ、ごほ、……!」

 


クソ松が蓋を開けようと持っていたペットボトルを奪うように取り、少しだけ水を飲むと自然にせきは止まった。

 


「一松…もっと飲まないと……」

 


「うるさい!げほっげほっ…」

 


いつもの調子が出なくて、クソ松が泣きそうな顔で見てきて、俺は少しイライラしていた。

 


「一松、ちゃんと水を飲まないと点滴することになるんだぞ。」

 


小さい子に言い聞かせるようなトーンでクソ松は俺に言った。

そして、おそ松兄さんのように…俺の目を見て。

 


「な?点滴いやだろ?」

 


こくんと頷くとクソ松は微笑みながら俺の頭を撫で、こう言った。

 


「いい子だな一松。水、一人で飲めるか?」

 


「うん。」

 


結局、水を飲んだ俺はトイレに駆け込み吐いてしまった。

ただでさえ空っぽの胃は、水や胃液を出そうと必死になっていて、俺は正直苦しかった。

 


「一松…大丈夫だ。深呼吸だぞ。はい、すーはー…」

 


「すーはー…げほっげほっごほっ……ううっ…」

 


よしよし、と背中を撫でるクソ松の手は暖かくて俺の身体が冷えていることを教えてくれているようだった。

 

 

 

ようやく吐き気も治まった頃、全然熱が下がらない俺に、クソ松がクソみたいな提案をした。

 


「なあ一松、病院「やだ」

 


「何故だ一松!怖いのか?大丈夫だ俺が付いててやるから。」

 


注射も薬も何もかも苦手な俺にとっては地獄のような提案だ。別に怖くないけど……別に。

 

 

 

「怖くないなら行こう。このまま治らなかったら一松が辛いだけだぞ?」

 


大丈夫だぞと言わんばかりに両腕をかかげ、両手を広げて行こうと急かすクソ松。

 


「い!や!だ!」

 


クソ松の言う事を全力で拒否すれば、クソ松は困った顔になり

 


「うーん…。そんなに嫌なら無理しなくていいぞ。俺はタオルを変えてくるから絶対安静にな。布団から出ちゃダメだ。絶対だぞ!」

 


俺に念を押すとクソ松はすぐ戻ってくるからな、と言い残し寝室を後にした。俺一応成人してるんだぞ…と思いつつ枕に頭を沈める。

気だるさに身を任せつつ、窓側を向いて外をぼんやり眺めていた。

 


そしたら開いていた窓からふと、美人な猫が入ってきた。どこの猫だろうか。いつものようにおいでおいでと膝の上に招き入れようとした。

 


人に慣れていないのか、自分からはこっちへくる様子はない。俺はクソ松との約束をすっかり忘れて、窓の外へ身を乗り出した。

 


「おいで…おいで…」

 


俺はぐらぐらする視界に気付かず猫に目を盗まれていた。

 

 

 

びゅっと大きな風が吹く。寒いだろ?早くこっちへおいで…と猫を招き入れる。

第3者から見たら俺はすごく危ない状況なのかもしれない。

それでも猫に夢中になっていた俺は危険に気づかずに

、必死に手を伸ばした。

 


届きそう…!

そう思った時、誰かに後ろから抱き抱えられた。

 


「一松??」

 


これはどういうことかな?と、クソ松は怖い顔で俺に聞く。

 


「ちっ、邪魔すんなよクソ松。折角届きそうだったのに。」

 


怒られると分かっていても反抗的にならざるを得ない。クソ松がクソなせいだ。

 


「へー…俺、布団から絶対出るなって言わなかったか?あと安静にしてろとも。」

 


「あっ…忘れてた」

 


すっかり忘れていた俺はあっと声を出してしまっていた。自分の失言に気付くまであと3秒。

 


「ちが、そんなこと聞いてない」

 


クソ松の怒りオーラが濃くなっていく。

じりじりと後ろに下がると、クソ松に閉じられた窓に背中がつく。

 


クソ松はじりじり俺に近づいてきて、抵抗するすべもなく膝の上に乗せられた。

 


「なっ…離せよ!やだ……」

 


バシッ    バシィッ

 


「一松、約束やぶってごめんなさいは?」

 


脳筋のクソ松にしては手加減してる方なんだろうが痛いものは痛い、風邪で弱ってる俺はすぐ涙目になった。

 


バシィッ  バシッ

 


「だれがっ、言うかぁ!」

 


クソ松は大抵「ごめんなさい」を言うか泣くまで叩いて反省したら終わる。俺はごめんなさいを言わないので毎回泣かされるはめになる。

 


「そっか、一松はいつもごめんなさいを言えないもんな。今日は一段と悪い子だからズボンとパンツはいらないよな。」

 


黒い笑みを浮かべてクソ松は俺のケツを丸出しにした。

 


バシィィッ  ビシッ

 


「なにすっ…やめ……ぁあっ、くっ…」

 


ズボンとパンツを履いていた時とは違う痛みに俺は耐えきれず泣いてしまった。

それでもクソ松はやめてくれない。

 


バシィッ   ビシィィッ

 


「ふぇ…いたっ……ぐすっ…あっ、んぁあっ」

 


泣いてる俺を見て頭が冷えたのかクソ松は優しい声でさとしはじめる。

 


「一松、ごめんなさいは?」

 


バシィィッ  ビシィィッ

 


「やっ……いわな…ぁああっ!……いっ…うっ…」

 


「仕方ないな…」

 


仕方なくないんだよ痛いんだよ!泣きながらそんなことを思った。

 


「いいか一松聞いてくれ。俺のいう事を全て守れってわけじゃないんだ。」

 


バシィッ  ビシィィッ

 


「くっ……やっ……ふぇっ…」

 


「せめて風邪の時くらい、俺にお兄ちゃんさせてくれ」

 


バシィィッ  バシィッ

 


「ちが…ぁあっ……うっ…ひぐっ…」

 


「何が違うんだ?」

 


バシィッ

 


「いだっ…ぐすっ……クソま…カラ松兄ちゃんは……いづも…ひっく…俺のお兄ちゃんで…ふぇっ……風邪の時だからだけじゃ……ひぐっ……ないぃ…」

 


バシィィィッ  ビシィィッ

 


「やぁああっ!?……にゃ…なんでぇええ……!あうっ…カラ松兄ちゃ……」

 


「ごめ…嬉しすぎて……ごめん…真面目にお仕置きするから……」

 


バシィッ  バシィィッ

 


「ぁうっ…ふぁ……いだぁ…」

 


「つまり俺が言いたかったのはな…風邪の時は安静にしてること!兄ちゃんのいうことを聞くこと!危険なことをしないこと!病院に行くこと!嘘をつかないこと!この5つだ。約束…できるか?」

 


バシィィィッ  ビシィィッ

 


「いだぃぃぁあっ……わがっだぁ…から……」

 


「よし、いい子だな。後はごめんなさいだけだ。」

 


バシィッ  ビシィィッ

 


「うわぁぁぁ……ごめっ…なさっ……」

 


「聞こえない」

 


バシィィィッ

 


「いたいいいっ…ごめんなさいっ!ごめんなさっ……ふぇっ…」

 


「はいよくできました。おいで一松。」

 


クソ松の無駄に筋肉がある腕に抱きしめられると安心するんだよな……

 


「うぇぇ……ぐすっ…病院やだぁぁああ……」

 


「ほら、泣くな一松。泣き腫らした目をしてたらお医者さんに笑われるぞ?」

 


「注射やだぁぁぁあああ……うぅ…」

 


「大丈夫だって。俺が付いててやるから、な?」

 

 

 

その後クソ松におぶられて連れてかれた病院では、鼻に綿棒を突っ込まれるわ血を取られるわ注射はされるわ大変だったが、クソ松がそばにいてくれたから我慢できた。

 


「病院の看護士さんに双子さんかな?可愛いって笑われてたぞ。」

 


「うるさい、言うな」

 

 

 

 

 

 

 


おまけ

 

 

 

 


帰りもこんな感じでクソ松におぶさりながら家に帰ると…

 

 

 

ガラッ

 

 

 

「「ただいま」」

「「「「おかえりー」」」」

 


「みんな、帰っていたのか。」

「クソ松兄さんだけじゃ心配だからねー」

「俺はパチンコボロ負けしたからやる気なくしただけで…」

「おそ松兄さん1人だけずるーい!ボロ勝ちしてたくせにー!」

「一松、林檎すったけど食べる?」

「一松兄さん大丈夫???またぶんれつしようか?」

 

 

 

いつもの調子の兄弟達を見て、2人は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

本好きの下剋上(ルッツ/マイン)

今日はいい天気だ。

最近私はまた熱を出してしまって寝込んでいた。

でも1日だけ。

1日で熱が下がるなんて、私ったら成長してるんじゃない?

 


1日だけなのに久しぶりに外へ出た気がする。

そんな日にこんなに晴れてるなんて…

お日様がきらきらしていて、リンシャンで綺麗にした私の髪が虹みたいに輝いている。

とっても温かくって、絶好の紙作り日和!

 


なんだけど…

ルッツと一緒に森へ行こうと思って気合いを入れた瞬間、若干ふらっとした。

大丈夫…だよね?多分。

言わなければ、ルッツにもバレないだろうし。

うん!

よし、行こう!レッツ紙作り!

 


ルッツは家の前までに迎えに来てくれた。

いつもより頭がぐらぐらする気がするけど、今日作らないと晴れの日はないかもしれない…なんて考えてしまう。

今日の私は頭が回らなかった。

ルッツと話してる時もあんまり会話が頭に入ってこなくて、私は上手い具合に笑って誤魔化していた。だけど

ルッツも伊達にマイン係をやってるわけじゃない。すぐ気付かれた。

 

 


「今日のお前、ちょっと変だぞ?熱でもあるのか?」


ルッツは私のおでこに手を当てようとしたけど、上手く避けた。


「だ、大丈夫だよルッツ。今日は私、体調良いんだから。」

 

ルッツはちょっと眉をひそめて心配そうに私を見た。


「そうか?体調悪くなったら、すぐ言うんだぞ、わかったな?」


「うん…。」


もう、ルッツは過保護なんだから…。

すぐ私のことを子供扱いして!…ばか。

同い年とは思えないくらい、ルッツと私の背は違うし、力も敵わない。

あの目にはなんでも見透かされてるような気もする。

ルッツにはいっつも勝てない。

今日ばっかりは、ルッツにバレないように紙作り成功させるんだ!

 


私が蒸し器を見ていて、ルッツは薪を取りに行った時、やっと1人になれてちょっとホッとした。

私を1人にするところを見るにバレてないみたい。

良かったあ…。

やっと熱が下がったのに、また家に閉じ込められて紙が作れないなんて我慢できないもんね。

 


頭がふらふらしてちょっとテンションが上がっていた私は、鼻歌を歌いながら椅子に座って、足をぶらぶらしていた。

そうしたらルッツが帰って来るのが見えた。

 


「おーい!ルッツー!」

 


ルッツに手を振ろうと立ち上がった瞬間、

私は熱い蒸し器の上に身を被せそうになった

 


「危ない!」

 


だけど…あれ?ルッツ後ろにいたの?

私はルッツに脇を持って抱えあげられていて、肢体を宙に浮かべていた。

恐る恐るルッツの方に顔を向けると、ルッツは顔を鬼みたいにしていた。

怖いよ?ルッツ?


「今日は家に帰ろうか、マイン。」


ルッツがにっこり笑っていうから、私はちょっと怖くなってしまって、


「紙作りしたい…。作りかけだし、私は大丈夫だから、ね?」


なんてワガママを言った。

ルッツは静かに火を消して、私を手早く背負って言った。


「絶対ダメだ。幻覚を見るほど熱があるのに無理をするって言うなら、本当に怒るぞ。」


だって、だってルッツ…。

言い訳をしようと口を開きかけたけど、ルッツは私の罪悪感をうまく刺激してくる。


「ごめんな。俺がお前の体調管理できなかったからだよな。次はちゃんと確認するからさ。」


そんなこと言われたら、嘘ついた私はどれだけルッツに謝らなくちゃいけないんだろう…。

 

 

 


気が付いたらルッツに家までおぶられてベッドに寝かされていた。

そこで私は朦朧とした意識の中、母さんとの悪魔のような会話を聞いた気がした。


「いっつもごめんね、ルッツ。世話かけて…。」


「ううん、大丈夫だよ。でもマインってすぐ無茶するよな。どうにかなんないかな…。」


「それなら、ルッツから叱ってあげて。」


「俺から?」


「ルッツから言ってもらったら、絶対聞くと思うの。あんまりにも聞かないみたいなら、お尻ぺんぺんしたっていいのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、朝になっていた。

少し経つと母さんが来て、私の体調を確認するとにっこり笑って下に降りた。

私は、あの会話を思い出して起きたくなくて、ずっとベッドでうだうだしていた。

そうしたら扉を開ける音がして、私はびくっと肩を震わせ布団に潜り込んだ。


「マイーン!来たぞ。体調はどうだ?」


私はルッツの顔を見たくなくて、また嘘をついた。


「ちょっと、頭が、痛くて…話せないかもしれな…」


私が言い終わる前に、ルッツは布団を剥ぎ取ってしまった。


「さっきお前の母さんに、熱は下がったって聞いたけど?」


ルッツは私の上から、黒い笑みを浮かべて言い放った。


「で、マイン?全部話してもらうぞ?」

 

 

 

 

私は頬をひきつらせて、笑った。


「ねえ、これ話し合いの体勢じゃないよ?」


「だめ、逃げるじゃないか。」


私はルッツの膝の上で暴れていた。

あの会話のとおりにお仕置きされるのかと考えて、落ち込んだ。

母さんや父さんならともかく、ルッツにお尻を叩かれるのはやだ。

恥ずかしすぎる!


「マイン、俺に嘘ついたよな?」

 


パン!

 


やっぱり話し合いなんかじゃないよ!

ルッツのばかあ!

 


「嘘ついたこと、全部言えよ」

 


バシッ!

 


「あっ…」

 


バシッ! バシッ!

 


「うっ…さいしょ…からぁ…」

 


バシッッ!

 


「体調悪かったぁぁ!」

 


バシッ!

 


「ふぅん、最初から嘘ついてたんだな」

 


ルッツは私のスカートをまくって、下着を露にした。

私は恥ずかしくて耳まで熱くなった。

嫁入り前の女子にこんなことするなんて…ルッツの、あほ!

 


バシッ! バシッッ!

 


「ふぁ…やだぁ!うう…」

 


「やめるわけないだろ。マイン、反省してないだろ。」

 


バシッッ! バシッ!

 


「ちがうの!反省してるよ!ね?」

 


パンッッ!

 


「やだやだぁ!反省してるからあ!」

 


バシッッ!

 


「尻叩かれるのがいやで言った言葉なんて信じられないなあ」

 


ルッツは、私の下着すら下ろして絶対赤くなってるお尻を丸裸にした。

 


バシッ!

 


「ふっ…うぇ……いじわるう!」

 


バシッバシッ!

 


「ほら、嘘ついたこと全部言うまで終わらないぞ?マイン。」

 


バシッッッ!

 


「ぁあっ!体調悪いって…言った……。」

 


バシッ!バシッ!

 


「それは良いこと?悪いこと?」

 


「ふぁ…うっ…悪い、こと!」

 


バシッ!バシッッ!

 


「じゃあ次はしないようにしような。」

 


バシッッ!

 


「うわぁぁん!ルッツもう終わりい!」

 


パシッ!バシッ!

 


「まだ、反省しなきゃいけないことがあるよな。」

 


バシッッ!

 


まだあるの!?えーっとえーっと…

 


「うっ…えっと、ルッツに、迷惑かけちゃった…」

 


バシッッッ!

 


「うぇぇん!やだぁ、いたいぃ!」

 


ルッツがいきなり強く叩くから、私の自制心とか大人の威厳とかそんなものが全部吹き飛んで泣いてしまった。

 


「ごめん。ちょっと強くしすぎたな…。でもマイン、俺はお前のことを迷惑だと感じたことはない。でもな?いつも心配しているんだぞ。」

 


バチン!

 


「やぁ…痛いいたいぃ!うっ…ぐすっ」

 


「マインは体力がないんだから、無理しちゃだめだ。」

 


バシッッ!

 


「ふぇ…ルッツゥ…」

 


私がルッツに甘えたような声を出したら、ルッツは諦めたようなため息を漏らした。

 


パシッ!

 


「じゃあ最後に、ごめんなさいは?まだ出てないよな?」

 


パシッ!パシッ!

 


「ふぁあっ…!」

 


うう…私、大人なんだよ?なのに、なのに…。

 


「ご、め、ん、な、さ、い、は??」

 


バチンッ!

 


「いったぁ!ごめんなさいぃ!ごめんなさい…ふぇえ」

 


パチンッ!

 


「よしよし、痛かったな。」

 


「ルッツゥゥ!痛かった痛かったぁ!」

 


私はルッツの膝から解放された瞬間に、ルッツに抱きついた。

ルッツは私の頭を撫でて、抱きしめてくれた。

ルッツは良い子だって私をずっと撫でてくれたから、私は泣き疲れて寝てしまった。


「すぅ、すぅ…。」


「本当は心配かけた人の分、反省させたかったけどな…。マインは体力がないし、痛そうだからな。良く頑張ったな、マイン。」

 


また悪魔の囁きが聞こえたような気がするけど…勘違いだよね、ルッツ?